最後に、柔らかな下唇に噛みついてから顔を離せば、相手はそれどころでないと言わんばかり、空気を求めてけほけほと咳き込む。
「…悪い」
彼にとっては完全に不意打ちだったのだろう。どちらのものともつかない唾液で口元を汚したまま、見上げる瞳はくすぶり始めた熱に潤んでいる。
「…限界だ」
「なに、が?」
「………」
答えを口にするのももどかしく、性急にシャツを捲り上げる。細い脚を掴み、胸に押し付けて、…指をねじ込もうとして、小道具の不備に気付く。
「油は?」
「え、…あ、ああ、ええと、」
多少苛ついた声で問うてしまってから、慌てる彼の声に、正気付く。
「…いい、私が取る。大丈夫だ、…お前は、大人しくしていろ」
胸元に寄せた膝頭の向こうで、がたがたと引き出しを探る音がする。毎度のことに慣れてしまったか、表に出してはおけぬ道具の場所までも、いつの間にか覚えられてしまったらしい。
先に用意しておいても良かっただろうか、そう思いかけて、己の浅慮に声もなく笑う。それではまるで自分から好きにしてくれと言うようなものだ。幾ら相手を好いていたとしても、自ら誘う真似など出来ようはずもない。…例えそれを、彼が望んだとしても。
「待たせた」
とりとめのない思考に耽りかけた頭を、低い耳打ちが引き戻す。いつになく余裕ない声の響きは、それだけ切羽詰まっているという証だろうか。見上げればその指先はてらてらと濡れ、窓から差す月光を弾き返している。
「…良いか」
しとどに濡れる下生えを掻き分け、後口にごつごつとした指が押し当てられる。
思い出したように聞く彼の姿はまるで経験のない少年めいて、なぜだか、場違いな微笑ましさを感じた。
「…今更なことを聞くな、お前も…」
おかしなものだ。波打つ鼓動は耳に響いて止まらないのに、唇に乗せた言葉は、不思議と凪いでいるように聞こえる。
香油を纏わせた指を、彼の秘所にあてがう。その瞬間に歪む顔が、いつも己の欲情に止めを刺す。
「っ、う、…」
秀麗な眉目をしかめて、痛みに耐えるように。けれど、本当に傷を受けた時とは異なり、瞳には静かな悦楽の炎が宿る。
「…すぐ、良くなる」
油に濡れた中指を、第二関節までめり込ませ、柔らかな体内でくちゅくちゅと動かしてみる。途端、指を受け入れた体が強張り、腿が引きつって、掠れた声が返ってきた。
「な、らしは、丁寧にしてくれよ…」
「丁寧なつもりなんだがな」
「うそ、つけ、…あっ」
指が腸壁のある一点を掠めると、大袈裟なほどに薄い肩が揺れる。
「ここ、か…」
「…ッ、う、ふ、…く、ぁう、ぅ…」
探り当てられた官能の源をぐりぐりと擦られ、ひとりでに腰が高く跳ねる。噛み殺しきれずに唇から溢れる己の呻きは、それだけ聞けば、女のように甲高い。
敷布を掻き寄せる片手を離し、口元を覆うと、頭上の顔が不満げに曇った。幼子の悪戯を咎めるかのような口調で、なぜ、と問う。
「誰に恥じる必要がある。森の中だぞ、ここは。…壁の薄い宿でもあるまいし、遠慮をするな」
「…うる、さい…」
誰に何を恥じているのか、気付きもしない。つくづく鈍い男だと心中に呟き、翳した中指を痛いほどに噛み締める。これで、不必要な声を溢す心配もない。
かすかな安堵と共に視線を戻せば、彼はますます不機嫌を露にしていた。委ねた踝を空いた手でしつこく撫でながら、気に入らん、と地を這うような声音でひとりごちる。
「お前の声がなくては、物足りない」
「………んッ、ん、」
潜り込む指が内壁を弾く。伸びた腕の先に、未だ熱を残した幹を捉えられ、喉で抑えかけた声が流れ出る。
せめてもの羞恥心は許して欲しいと願うものの、きっと、そんな理屈は彼に通用しないだろう。内外を責め苛まれる快感に、頭の裏側を白く焼かれながら思う。
「ほら、」
声を出せ。両の手で前と後ろを刺激してやれば、堪えきれない悲鳴が漏れる。
「っう、あ、…くッ」
「…もっとだ」
まだ、足りない。それぐらいでは満たされない。視界を赤く染める欲望のままに、アーチボルトは後口を苛む指を増やす。
「あっ、待て、」
「待たない」
「…あ、アーチボルト…っ」
制止は聞こえない。ただ唇から漏れる官能の声だけが、鼓膜を震わせる。
「アーチ、ボルト、…アーチボルト、す、こし、強引、だぞ、…うぅ、」
「お前が、素直に声を聞かせんからだ」
ほら。ぬずり、と増やした指をゆっくり押し込めば、彼は首を振ってやめろ、と弱々しく呟く。
「…に、んげんは、…なんて、欲深いんだ…」
「私とて強引な手段は本意ではない。…張らずとも良い意地を張ってばかりの、どこぞのエルフが素直になれば良いだけの話だ」
「…ゃぅうッ、」
押し込まれた指をゆっくりと鉤型に曲げられる。内壁の広い範囲をじわじわと擦られ、止めきれない呼吸が淫らな色にひずむ。
代わる代わる指先を使い分けられ、綻びを広げられてゆく感触に、滲み出る悦楽をどうしても殺せない。唇からひとりでに溢れる生娘めいた嬌声を恥じながら、けれど、抗えぬ快楽にその思いすら崩れ落ちる。
「…ずる、い。お前は…」
自分ばかり辱しめて、淫らな真似をさせて。切れ切れの繰り言に返る声はなく、ただ、更なる嬌態を強いて愛撫の指が増える。
まさぐられる下肢の付け根が熱い。緩んだ後口に指の根本まで埋められ、肉付きの薄い腹を内側から擽られる。堪らずに仰け反りながら声を上げたその時、噛み締めた指が唇から離れた。…もう、止められない。
「…あ、アーチ、ボルト、…熱い、あぁ、…わ、わたし、わたしが、こわれる、おかしく、なる、…おまえが、欲しくて、…あぁ、」
貫かれたくて、堪らない。ぎりぎりまで奥底に押さえ付け続けた欲望を、本能のまま口ずさむ。
「…やっと、素直になったな」
切なげな懇願に、鼓動が早まる。腹の奥に居座る獣が、ようやく訪れた解放に歓喜する。欲望を飼い慣らす鎖も、今は無い。
痛いほどに張り詰めた怒張を、指を引き抜く間も惜しんで相手の下腹に擦りつける。互いの先走りで、触れた部分がぬらぬらと滑った。
「あ、…」
「…息を、止めるなよ」
熱い。彼だけでなく、自らもまた。泣き出しそうな顔で自分を見上げる彼の、頬を手のひらで撫でてやる。繋がる時にいつも見せる、不安を拭い去ってやるように。
そして、静かに腰を埋めて行く。
「ひっ、」
濡れそぼった穴へ、濡れそぼったものを沈めてゆく。ぐちり、ぐちり、湿った音をたてて、自身が肉をこじ開けて行くのがわかった。
「はっ、あぁっ、…あ!」
呼吸のごとに時間をかけて肉体を押し開かれる、この瞬間はいつも苦しい。充分に慣らされたとはいえど、本来受け入れるための部位ではないその場所に、育て上げられた情欲の丈を捩じ込むのだ。
「…ッあ、ぁ、ぅうッあ…あ、ぁ、」
何度経験しても、感じる苦痛と違和感が消えることはない。乱れる息の下で手を伸ばして掴む、汗を吸った敷布に、爪を立てる。
血の気の引いた冷たい頬を何度も温かな掌が撫でる。
見上げれば、彼とて余裕の色などない。怒張した己の欲をきつく締め付けられ、性の衝動を抑えるのに精一杯なのだろう。
強張る指先を開き、頭上に翳して、汗ばむ彼の掌に絡める。互いの視線が重なるのに、言い様のない気恥ずかしさを覚えるのは己だけの錯覚であろうか。
「…大、きい」
根本まで沈められたものの質量を、身体のなかに確かめながら呟く。顔がまた、熱くなる。こんなことなら先刻、あんなにまじまじと見るのではなかった。
「…アーチボルトの、が、…わたしの…なか、で」
鼓動に合わせて蠢く熱を、滲み始めた快楽の間に捉える。開いた脚は無意識の内に、彼の腰を招き寄せていた。
すぐに動き出したいのを、縋りつく手のひらに思い止まる。まだ、彼は苦しいのだろう。自然ならざる交合を受け入れ、男なら経験しなくて済むはずの痛みを甘受する彼に、申し訳ない気持ちが募る。
「…大丈夫か」
こんな時に、気の利いた言葉の一つもかけてやれぬ自分がもどかしい。どうすれば、この愛しい思いを伝えられるのだろう。得意の謀略も思いつかぬまま、深く繋がった部分から繋がる鼓動に、胸を熱くする。
「おまえの、…なか、は、…」
見下ろした瞳に、うっすらと涙が浮いている。手の甲でそれを拭い、呟く。
「…あつい、な…」
「…おまえ、だって、」
熱い。奥深く埋め込まれた情欲の源から、痛みに似た鈍い疼きが広がる。傷付けぬ程度の強さで目元を拭う手に、瞳を閉じて身を任せる。彼とて今の状況は苦しかろうに、己を気遣ってか焦がれる劣情の欠片も口にすることはない。
重い痺れに侵された両脚を持ち上げ、縛るように太い腰へと絡める。深まる結合に震える喉から、絞り出す声は、惨めなほどか細い。
「…もう、…うごいても、大丈夫…だ、」
「…嘘を吐くな」
鍛え上げられた腕に頭を抱かれ、厚い胸板へ顔を埋める。薄い耳朶で彼の鼓動を受け止めながら、嘘ではない、とひとりごちる。
「もっと、奥まで…おまえが、ほしい」
重ねた指をゆるくほどき、顔も上げられぬまま、広い背中へ回す。
「アーチボルト、…おまえを、おしえて、…わたしのからだに、刻み、つけて、くれ。…そうすれば、ずっと…おまえの、こと」
覚えていられる。短い夢に終わりの時が来て、ひとり永遠に残された後も。身体を暴かれる苦痛すらも、彼に与えられるのなら悦びに等しい価値がある。
「…お願い、だから」
乱れた前髪を胸に擦り付ける。他には何も望まない、ただ、今は、彼が欲しい。
「……全く、」
背に回される腕に、伏せた顔に、ため息が漏れる。せっかく、彼に負担をかけぬようにと自制していたのに、…そこまで言われては、拒みようがない。
「お前は、…どうして、こういう時ばかり、」
素直になるのだ。言葉の後半は腹の奥にしまって、ゆっくりと、腰を引く。少しばかり動いただけで、胸元を擽るように掠れた吐息が漏れた。やはりまだ、体が馴染んでいない。だが、止めてやることもできない。彼が、そうされたいと望んでいる。普段は理性で巧妙に隠された思いを、自らさらけ出して。
「…っは、あ、ッ…」
「スイ、フリー、…大丈夫か、スイフリー…」
名前を呼びながら、細い背を抱く。互いに、厄介な性分だ、こうして相手の肌に触れなければ、素直に想いのたけを告げることもできない。
「――…している」
ぼそりと呟いて、ぬずりと幹を押し込む。彼に聞こえたかどうかは、わからなかった。
「ぅ、ッあ、…あぁぁ、」
猛り狂う肉棒に身体の奥を抉られる感触は、ぱしゃりぴちゃりとさざ波立つ先走りの音も相俟って、やけに鋭く五感を刺す。小刻みに推し進められる動きは思うよりも緩やかで、だからだろうか、重ね合わせた挙動のひとつひとつにはしたないほど感じてしまう。それでもまだ、彼が足りない。壊れるまで奥底を突き上げて、道ならぬ恋に焦がれた血肉を、溢れる白濁で満たして欲しい。
「アーチボルト、もっと、…わたしは、大丈夫、だから…もっと…」
あられもなく蕩けた声音を恥じる余裕もなく、もっと激しく、と汗ばんだ背中を撫でる。
「…わたしのこと、ふしだらと、笑ってもいいから。…男に抱かれて、こんなに乱れる、…いやらしい、エルフだと…」
「…誰が、笑うものか」
下腹がひたりと沿うほどに腰を寄せられ、反らした背ごと抱き上げられる。潜り込んだ熱の塊が濡れそぼる粘膜を穿ち、収まりきらぬ先走りと共に、ぬるぬると内股を滴り落ちた。
「…アーチ、ボルト、」
小さく呟かれた想いの深さを、恋い慕う名のあとに、木霊の如く繰り返す。
貫いた体が、病かと思うほどに熱く震える。肉のうねりが絡みつくように幹を撫で、吐精を堪えるのに多大な精神力を使う。
けれどもまだ、彼が足りない。壊れるほど奥底を突き上げて、熱情のままに貪りつくしてしまいたい。背徳の歓びを分かち合った時から、堕ち行く時は共に行くのだと、とうに決めている。
「いい、…か?」
半ば答えを知りながら、喘ぐ彼に問う。
「い、いいっ、…っあぁ、とける、…ぁぁッ」
呼吸に合わせて、時折深くまで貫くと、感極まったように細く長く嬌声が尾を引く。
腰骨がぶつかるほど肌を密着させれば、しなやかな背がアーチを描いた。
「あ、アーチ、ボルト、」
「…ん?」
行為に没頭して、返答がおざなりになりがちな自分に、切れ切れに彼が言う。
「前も、…もっと、…」
もっと、触れて欲しい。
末尾まで告げぬうちに腰を掴まれ、ぬめる器官を扱き立てられる。秘めた慕情を穿ち、律動に引きずられ、肉体はどこまでも淫れ堕ちてゆく。求めればそれ以上の愉悦を与えられ、誘惑の味を覚えて、際限なく艶事に溺れる己が恐ろしい。
「…あぁ、アーチボルト、まだ…足りない、わたし、おまえが、欲しくて…ほしくて…もう、…ぅあ、」
このまま貪り合っていたらいつか、気が狂ってしまいそうだ。奥底に受け入れた幹をやわらかく締め付け、揺りかごであやすように腰を振りながら思う。あるいはそれも幸福かもしれないと、夢想する自分はもう、どこか破綻しているのかもしれない。
「…恐ろしいよ、私は…」
このまま続けていたら本当に、お前を、壊してしまいそうだ。呟く彼の唇に、背を伸ばし、己のそれを押し当てる。
「…それも、いいな」
這わす指先で背骨をなぞりつつ、性欲にまみれた唇が戯言を紡ぐ。傷痕にならぬすれすれの力で爪を立て、促すのは更なる凌辱だ。
何もかも忘れて獣のように睦み合うこの時を、一分、一秒、一瞬でも長引かせたい。やがて注がれる愛欲の種子、その熱さを思い浮かべながらただ声を嗄らす。
「…っ」
昼の彼から、どうして今の姿が想像できよう。布越しに立てられた爪が、言葉よりも雄弁に先の行為を強請る。触れられた唇が熱い。与えた以上の熱情が、彼の中で育って返される。唇から伝わる欲情に、最奥を貫く肉棒が大きく脈打った。
「馬鹿を、…言うな」
もう、手遅れかもしれないと思うほど、彼は恍惚と陵辱を受け入れている。
明らかに、これは己の所業なのだ。森に住まう神聖な生き物を淫らの毒で犯し、欲しいまま貪って。それでもまだ満足できず、こうして今もさらなる恥辱を強いている。
「あぁ、だめ、まだ、っ、…ぁッぁ」
先走りを零し続ける幹を、せめて先に解放してやろうと扱く手を早めれば、いやいやと彼は首を振る。
まだ、果てたくない、繋がっていたいと、呟く唇は幼子のようで、思わず予告もなく肩を押さえつけ、唇に口付ける。
「あまり、…可愛いことばかり、言って、くれるな…」
「…おまえが、いけないんじゃ、ないか、」
貪る肉欲もあらわに交わし合う口付け、さなかに詰る己の声は欲深さを隠そうともしない。汗みずくに縺れた衣の裾を捲り上げ、隆起したしなやかな腹筋を撫で上げる。そのまま下生えに手を滑らせ、繋がり合った局部のすぐ根本に置けば、契る奥底は、脈動に蕩けてますます熱を煽る。
「…わたしばかり…きもちよくして…先に、ゆかせよう、なんて。…ひどい、話だ…」
「…そんなことは、ない」
「あッ、…あッぁ、あ、」
掴まれた手ごと濡れた幹を扱かれ、苦しいまでの快感に四肢が震える。浮かせる腰からずるりと抜けかけた肉棒を、体内に押し戻され声を翻す。ひとりでに溢れ出す喘ぎの淫らさに、己の為せることながら、切なさが募って止まない。
「…私はもう、充分すぎるほど、お前に好くしてもらっている」
「…なら、どうすれば、…どうすればわたしに、おまえを、くれる?」
胸元にすがり付き問う合間にも、埋火のような淫欲が刻々と身を焦がす。
「アーチボルト、…欲しいよ、…おまえと、果てたい…わたしは…」
熱に歪んだ思考に、彼の一言は甘く響く。絡みつく脚を抱え上げ、一際奥まで挿入し、上がる悲鳴が消えぬ内に引いてはまた抉る。
「…いいんだな…?」
抑えていた動きを、少しずつ早めてゆく。問いかけておきながら、答えも聞かずに音が立つほど腰を打ち付ける。熱い。粘ついた欲望が、下腹で渦巻き出口を求めてうねる。身を捩って喘ぐ体を押さえつけ、火照った頬を伝う涙に、さらなる欲情を煽られる。
「ひッ、あっ、あー…ち、ボルト!やっ、あん、ぁぁ、…あ、」
「…くそ、」
止まれない。快感に目が眩む。途切れぬ水音に、溢れ出ずる官能に、頭が白んで行く。
甘い悲鳴を零し続ける彼の頭を抱きしめ、薄い耳を食みながら囁いた。
「そろそろ、…終わりにしよう」
「…や、ッあ、ぅ、…ん、アーチボルト、…アーチ、ボルト、ッ!」
先走りと汗にまみれた腰を跳ねさせ、柔肉を深く穿つ楔を招く。逞しい腕を枕に数えきれぬほどの口付けを重ねながら、掠れた喉で、途切れ途切れに彼を乞う。
「あッ、あぁ、あつ…い、おまえが、あふれ、て…、…考え、られない、ほかのこと…おまえ、しか…!」
「…私だって、そうだ」
スイフリー。身悶えるほどの思慕を込めて囁かれる、己が名を耳にしただけで欲の軛が弾けそうだ。激しさを増す抽送の行きつ戻りつは止むことなく、抉じ開けられた後口からしたたる、どろどろとした樹液は内腿の谷間に熱く飛沫く。
「…あぁ、駄目、…だめ、だ、もう…わたし、まだ…おまえと、…おまえが、足りない、のに、」
何もかも吐き出して果ててしまいたい、けれど、契り合うこの時を終わらせたくもない。背反するふたつの望みに引き裂かれた声は、宥めるように、塞がれる。
「…大丈夫だ。足りないのなら、いつでも、私が満たしてやるから…」
触れる掌は温かく、少し不器用な手付きで濡れた頬を拭う。彼を恋い慕いながらも立ち止まらずにはいられない、弱い自分を、いつもそうして慰めてくれるように。
(…ああ、)
もう己はどうしようもないほど、彼を愛してしまっているのだ。ようやく事実に思い至ったその瞬間、身体の内側で、甘く爛れた欲情が爆ぜた。
「…はっ、」
迸る熱情に、大きく息をつく。この瞬間だけは何も、お互いに何も言わない。ただ黙って、過ぎる時に身を任せる。
「あ、あぁ、ッ…」
遅れて、ひくひくと敷いた体が跳ねる。互いの腹を濡らす白濁に、ああ、と恥ずかしげなため息が漏れ出る。
「…な…か……、あ、ああ、…」
「…すまん」
「いい、…いい、んだ、…」
ゆるゆると首を振る様子は、まるで彼ではないかのように穏やかで、切ないような気持ちになる。
「…無理を、させたな。大丈夫か」
「…どうと、いうことは、ない。これくらい…」
わずかずつ、身体に滲みた熱が退いてゆく。体内に彼の温もりを留めたまま、夢から醒めたばかりのよう、ぎこちなく唇を動かす。
「…それに、これは…わたしが、望んだことだ。…お前のせいでは、ない」
緩慢に擦れた呼吸の合間、やっとそれだけ口にする。
閉じた瞼の向こうで、彼がただ、そうか、と呟く声を聞いた。そう、そうだったな。言いながら、それでも気遣わしげに、差し伸べられた掌が頬に触れる。
「…もう、いいか…?」
間近に、彼の息遣いを感じる。ゆっくりと頷いて、力の入らぬ片手で、首筋を撫でる掌に寄り添った。
「…ん、………ぁ、あ、」
時間を掛けて、埋められたものが外へ出てゆく。喪失の気配、内側からたらたらと流れ落ちる、ぬるま湯に似た温かさに膝が震える。
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