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 2    野花をおとなう5(リレー小説:SBSさま&黒田)※
更新日時:
2010.08.12 Thu.
 
「な、」
何をする、と問いただす間もなかった。いとも軽々と身体を持ち上げられ、寝台へと無造作に転がされて、気付けば彼の顔がすぐ側にある。面栄えに欲の色濃さを確かめる間は失せ、開きかけた唇に、無理矢理舌を捩じ込まれては抗うすべも見当たりはしなかった。
「…ん、む、…ふ、」
執拗に唇を貪りながら、彼の手が両膝を割る。左右に大きく広げられた脚の間に押し入る、今にも爆ぜそうな熱の正体など考えたくはないというのに。
「そう、嫌がらずとも良いと言うのに。慣れてしまえば、悪いものでもないぞ」
「…やめろ、この、色魔!エルフ殺し!…淫行騎士!素行不良で騎士位を剥奪されてしまえ!」
「…常々思ってはいたが、本当に口が悪いな、お前」
呆れたように呟きながら、武骨な指先が帯に掛かる。しゅるり、と簡素な腰布がほどけ、素肌が外気に晒される感覚に、身体中から血の気が引いていくのをはっきりと感じた。
「…嫌だ、…いやだ、アーチボルト、それは、…そんなこと、耐えられない、…堪忍してくれ…」
「観念しろ」
局所を覆うわずかばかりの布地が、膝下までずり下げられる。まるで海にでも潜るような気安さで、男の頭が両足の合間に消えた。
 
 
「あ、あっあっあ!」
ぬる、と舌先で味を確かめようとすれば、それだけで喉も裂けよとばかりに悲鳴が上がる。まだ、口にふくんでもいない。ばたばたと暴れる足に横面を蹴られそうになりながら、アーチボルトは早くも前途多難を悟った。
「大人しくしろ、お前」
エルフ殺しと言うのも言い得て妙かもしれない。今は森の東屋だから良いが、こんな悲鳴を宿屋で上げさせたら、遠からずそんな噂が立ちそうである。また共に旅をする状況になった時、それでは困る。
(…少しは、慣れて貰わなければ)
アーチボルトは、急所を掴んだ指先を軽く締め、尾を引く悲鳴を終わらせる。騒動の最中にも、緩く快感を示し始めた幹は、たらりと先走りを纏わせ揺れている。
「騒ぐなよ」
「や、やめ、やめてくれ!」
制止の声は右から左へと聞き流し、ぬらぬらと欲情に濡れたそこへ、アーチボルトは再び顔を埋めた。
 
 
「あぅ、ぅ、ッ、アーチ、アーチボルト、や、やめ、…うぅッ…!!」
信じられない。目の前で繰り広げられる光景は、出来の悪い冗談のようだ。ぱちゃ、ぴちゃ、と水皿を啜る犬のように音を立て、生温かくざらついた舌が陰部を這う。抱え上げた太腿に両頬を挟み込まれ、脇目も振らず薄い下生えを探る男の様子に、自らの知らぬ獣性を感じて慄然とする。
森に棲む野生のものすらも為さぬ、淫らの振る舞いを許すのが人の所業か。それは人が獣より進んだしるしなのか、はたまた、全く逆の意味を示すのか。
「アーチボルト…やめて、くれ、お願い、だ…頼む…わたしも、言いすぎた、…だから…」
「こんな時だけ、殊勝な真似をしても無駄だぞ」
素っ気ない物言いの間に、ざらざらと硬い髭が内腿を擦る。意志に反して止めどなく溢れ出る先走りを、蜜か酒かのように吸い上げる舌の動き。泣き叫び許しを乞うたところで、願いが聞き入れられることはない。
「…こんな、だって、これは、…おかしい、…こんないやらしい真似…ふしだらだ、…アーチボルト…」
肩口を掴み、押し返す力も残されてはいない。唇から溢れ出る呟きが段々と意味を失ってゆくのを、頭は他人事のように聞いている。
 
 
大分仕上がって来たな、と顔を上げる頃には、悪口雑言や哀願は消え、何かを堪えるような、短い悲鳴が聞こえるようになっていた。
(見よう見まねにしては、上出来か)試しに、とアーチボルトが頬を窄めてみせれば、いつになく弱々しい声で制止がかかる。
「や、め、…やめて、くれ、やめて…」
「何を。何をやめて欲しい?」
「…本当に、もう、…おねがい、…ああっ」
問いにも答えられぬほど、理性のたがが緩んだのか。珍しい姿を拝めたものだと、アーチボルトは顎を撫でる。
「スイフリー、どうして欲しい?」
このまま、一度終わらせるか、それとも。先走りと唾液にまみれ、限界まで尖ったものを、戯れに指先で弾く。
 
 
「ふぁ、ぅ、うぁぁ…!」
雷に打たれるような鋭い刺激に、まともな返答も出来ぬまま身悶える。身体の、どこもかしこも熱い。内股に伝う汗のひとしずくさえも、快楽に高められた素肌には毒になる。
「…どうするんだ。お前が決めなければ、私としても手の打ちようがないぞ」
からかう響きの物言いに、かさついた掌がするすると腰下を撫でる。解らない。
どうすれば、この泥のように広がる快感から、抜け出すことが出来るのか。朦朧と翳る夜気の向こうに目を凝らし、下肢に覆い被さる男の姿を見つめる。
「…わ、から、な、…なにも…考え、られ、ない、…なにも…」
「…仕方ないな」
では、幾つか選択肢を与えてやろう。手のかかる幼子に言い聞かせるような語調で、耳元に彼が嘯く。
「例えば…もし、これ以上は耐えられないと言うのなら、ここで」
私を受け入れて、楽になればいい。するりと滑り込む指先は、きつく閉じた後口すれすれをなぞる。
「もしくは、それが嫌だと思うなら…」
残る片方の手が、唇を割り口腔をまさぐる。気だるい舌先に触れる指の腹はぬるぬると濡れ、わずかな苦味を帯びていた。
「今のやり方で、おおよそ手順は知れただろう。同じようにすればいい。…お前は、どちらが好みだ?」
 
 
我ながら酷い二択だ。人事不省になりかけの相手に迫っているというのがまた何とも。大分闇に慣れてきた目で相手を見下ろしながら、それでもアーチボルトは手を止めない。
「私はどちらでも構わないが」
何せ、最後に行き着く所は変わらぬわけだ。あとは、こちらの忍耐の保つ限り、楽しめばいいわけで。
「どうする?」
「う、」
堅く窄んだ後ろの入り口を押せば、ひくひくと物欲しげに蠢いてみせる。
「私をくわえて、楽になるか…?」
「そ、それは、」
微かに残った理性がそうさせるのか、彼は首を縦に振ろうとはしない。過去に、そこをどうされたのか、思い出したのかもしれない。たった二月前のことである。
「いやか。嫌なら仕方ないな。…ほら、こっちを向け」
熱に爛れた頭では、抗えぬことを知りながら、喘ぐ度に震える顎を、がっちりと捕まえる。
 
 
「…ぅ、ッ、……あ、」
「逃げるな。…今度は、目を逸らすなよ」
捉えられ、上向かされた頤を、ほんの少し傾ける余裕もない。狭い寝台の上に膝を付かされ、顔を埋める先は、先程までどうしても目にするまいと視線を逸らし続けた彼の胯間だ。暗闇になおそそり立つものは、改めて間近に見せ付けられれば雄そのものという他にない様相だ。どくどくと赤黒く滾る肉茎は自らのそれと比べようもないほどに逞しく、どこか野生の獣めいても見える。
「…これ、を…?」
「そうだ。やってみろ」
やり方は身体で覚えたばかりだろう。遅々として動けぬ己に焦れているのか、彼の声はやや硬い。短い言葉に見え隠れる苛立ちに、再び突き付けるつもりだった拒否を飲み込む。こんなものを口に迎え入れるなど正気の沙汰とは思えぬが、ぐずぐずしていれば気紛れに更なる恥辱を強いられるかもしれない。
(…どうして、わたしは、こんな男を好きになってしまったんだろう)
絆されてもう何回繰り返したか分からぬ疑問を、胸中に呟きながら、そっと舌を近付ける。ぴちゅ、と浅い音が飛沫いた瞬間、耳までさっと熱い血が走った。
「…どうだ?」
「………不味い」
それだけ返すのが、やっとだ。ぬめる根本を軽く握りながら、舌先でのろのろと先端をつつく。こんな拙いやり方で、彼は満足するのだろうか。許されるならば逃げ出したいほどの羞恥に遮られ、上手く、頭が働かない。
 
 
ちろちろと、生暖かいぬめりが先端を擽る。快感を感じるというよりは、犬か猫に舐められているように、くすぐったい。それでも、あの潔癖のエルフが口で奉仕しているのだと思うと、下半身に血が集まるのを感じる。
「…う、…」
それに気づいたのか、脚の間で小さく息を呑む気配がした。おののき縮む舌がもどかしい。アーチボルトはため息をついて、それでもこれ以上の無理強いはすまいと、掌で頭を撫でる。
「…お前の舌に、慰められていると思うと、たまらない」
「……!」
「続けてくれ」
重ねて頼めば、恐る恐る舌が伸び、再び猛る雄に密やかな快感が与えられる。
 
 
いきり立つ生殖の器官に顔を寄せ、両の手で捧げ持つようにして舌を這わせる。
草いきれに似た独特の匂いが鼻を突く。滑り気のある先走りを口内に飲み込む、その度にえづきそうになる衝動を堪える。
絡める五指は濡れそぼり、根本から恐る恐る撫で上げれば、透明な細糸がしとどに肌に伝う。尽きることもなく滲み出る液体は、言葉通り欲情を証すのだろう。
示される熱の生々しさに、忘れかけていた内腿の脈動がじわりと火照る。
「…こんなことを、させて…満足、か?」
「ああ。…最高だ」
慣れぬ行為にほつれた前髪を、掌で掻き回される。気恥ずかしさに顔を見上げることもならない。請われるまま舌先で性器を擦り、唇に啄んでは、すぐに離す。羞じらいに手と口の動きを止めぬよう、意識を傾けるだけで精一杯だ。
「…物好き、め。そんなにこれが、良いのか…」
閉じた脚の狭間にある標しが、次第に潤んでゆくのを認めたくない。ただでさえ彼にされたことを思い返すだけで、張り詰めた劣情が埒を越えてしまいそうになるというのに。
「こんな、淫らな、真似。お前で、なければ…」
手指からしたたる薄濁りの滴を、唇の端で拭い取る。
続く言葉は溜め息に押し潰されて、喉から昇ることもない。
 
 
 
「っ…」
漏れそうになる熱い吐息を、唇を噛んでやり過ごす。身の内の官能を悟られるのは、どうにも矜恃が許さない。…自分でも今更下らぬとは思うものの、抱き合う相手が彼だと思うと、尚更意地を張りたくなるのだから仕方ない。これだから男っていうのは…と呟く、フィリスの呆れ顔が目に浮かんだ。
「…いいぞ、」
すごく、いい。言葉少なに頭を撫でてやれば、もぞもぞと柔らかな髪が揺れる。
「こんな所まで、器用なんだな」
「……下らないことを言うと、噛むぞ」
熱く湿った息が、言葉とともに脚の間を擽る。くすくすと笑いながら、アーチボルトは返事代わりに項に息を吹きかけた。
「…ッ!?」
「そんなことをすると、お前が困るぞ。誰に慰めて貰うつもりだ、それ…」
言いながら、足先で彼の股間をつついてやる。
 
 
「…やめろ、もう。下品な奴だな…」
閉じた脚に割り込もうとする爪先の動きを、のろのろと身を捻って避ける。下腹をゆるく上下する足指が、虫に散歩されているような感触で落ち着かない。呼吸が段々と追い付かなくなってゆくのは、馴染みのない行為のせいか、しきりに触れる彼のせいか。追い上げられた身体は既に枷も外れ、あとひとたびの官能を狂おしいほど求めて止まない。褥を同じくするごとに教えられる陶酔は深く、気付けばもう、正体を無くすほどに溺れる己がある。
「…ここも、もう、こんなに大きくして。…やりづらくて仕方ない、全く…」
「良いじゃないか。お前も口寂しい思いをするより、多少きつくても後々満足のゆく方が」
「…馬鹿者が」
いっそ、適当に歯を立ててやろうか。睦言と称すには些か猥雑な軽口を、嘆息に聞き流しつつ顔を戻す。脈打つ裏筋に沿って舌先を滑らせ、根本に唇を押し当てる。内側から膨れた袋をやわりと舐めれば、堪り兼ねたとばかり、頭上で低い呻き声がした。
「…本当に初めてなんだろうな、お前…」
「当たり前だ。誰がこんな猥褻なこと、好きこのんでするものか」
馬鹿げた真似を晒すのは、一人だけで充分だ。言い捨てた文句を理解されない内に、上向いた幹を浅く銜え込む。
 
 
開け放したままの窓から、いつの間にか月が覗いている。ちゅぴ、ちゅぷ、と密やかな水音を立てる横顔が、ようやく己の目にも見えた。ほの青い光に照らされ、三角の影を作る肩甲骨が、艶めかしく上下する。
「…もう、いいぞ」
少々尖った声で告げるのは、終わりが近いせいだ。最初は拙かった彼の愛撫も、生来の器用さ故か、快楽を拾うには十分な技量へ達していた。
「っ、…スイフリー、」
「なんだ、…早いんじゃないか?」
上目遣いに見上げる瞳が、からかうようにこちらを見る。久々に彼の顔が見れたのは良いが、その台詞にいささか焦りを覚える。
「…離せ、」
「何故。やっと、わたしも慣れてきたところなのだぞ?」
「いや、だから、」
事態がわかっていないのか、…いや、わかっていてこちらの窮状を楽しんでいるのだろうが、この後のことまで考えが及んでいないらしい彼に、どう説明したものか。一瞬、口を噤んだ途端に悲劇は起きた。
「っ!」
ぬるり、と。戯れに下から上へと這わせた舌に、唐突に限界が訪れる。まずい、と思う間もなく、背筋を痺れるような快感が下り、…実に呆気なく、出口から欲の証が迸った。
 
 
「ぅ、く、…、ッ!?」
その時、咄嗟に目を閉じたのは、後に続くことを考えればせめてもの救いだったかもしれない。中身の詰まった水袋を床に落としたような、ぴしゃ、という音が耳元で弾けた。
次いで、生温かいとも熱いとも言いがたい液体が、顔一面に浴びせかけられる。
額から頬、閉じた瞼の上、開きかけたままの唇。この様子ではもしかすると、髪や胸元にも幾分か飛んだかもしれない。
「……………済まん」
恐る恐る指先に飛沫を掬う側で、何とも所在なさげに呟く声がする。まだ、頭が追い付かない。どろどろと指の間に粘る感触、どこかで嗅いだような匂い。この状況下で、似たような質感を持つ液体は、ひとつしか思い当たらない。
「……お前…」
「…事故だったんだ。私に他意はなかった。決して、その、最初からそうするつもりでは」
「うるさい!けだもの!」
未だ目も開けられぬまま、聞こえてくる弁明に向かって怒鳴り返す。ただでさえ恥辱に満ちた行為に限界が近かったというのに、なぜ行き着く先で更なる痴態を強いられねばならぬのか。
「…何だって、こんな、わたしが、…け、汚らわしいものを…か、掛けられて……ぅ…」
唇に垂れ落ちてくる液を、手の甲で拭いながら呟く。だから彼の言う通りにするのは気が進まないのだ。
 
 
滴る粘液で、満足に口も開けないらしい相手を、慌てて服の袖で拭ってやる。…明日になったら、これも洗っておいてやらねばなるまい。さすがに悪戯が過ぎた。いや、不可抗力だったわけだが…。
「おい、まだ目を開くな」
「…う、るさい」
顔の凹凸に沿うように、そろそろと布を動かしてやれば、くぐもった声で返事が返る。それがどこか泣き出しそうにも聞こえて、アーチボルトは思わず天を仰いだ。…ああ、まずい。今、何を考えたか彼に知れたら、また罵倒されそうだ。
「…まだ、口が、気持ち悪い…」
「…ああ」
悪い、と呟きながら拭う布地の下に、垣間見えた唇の艶めかしさが忘れられない。ぬらぬらと濡れ光るそこは、与えられた恍惚の記憶も鮮やかに、再びアーチボルトの雄を刺激する。
 
 
乱れた敷布の上に脚を投げ出し、目も開けられぬ無防備な様を相手に晒す。顔を拭う布はお世辞にも手早いとは言えないが、手探りで処理をするより上等な手段だと思う他にない。闇の中で行動する機会など旅の道程には数えきれないほど存在した。それでも、何も対策を取れぬまま相対するような真似は、覚えている限りなかったはずだ。
視界を遮られ、こうして黒一色の世界に投げ出されれば、どことなく心細さすら感じずにいられない。遅々として進まぬ布の動きに、まだか、と焦れた声を上げてみる。
「…ああ、まだだ。…目も開けるなよ、滲みるから」
「…出来れば、もっと早くしてくれ。これでは、動きようがない…」
そうだな、と返る言葉の気のなさに、どうやら期待は出来そうにないと溜め息を吐く。どうせまたろくでもないことを考えているのだろう。まあ、先程のことは自分が引き際を誤ったせいでもあるのだから、あまり彼ばかり悪者にするのは酷かもしれない。とりあえずはこうして殊勝な態度を見せているのだし、今更罵ることもあるまい。…なけなしの理性を振り絞って出した結論は、数秒の後、脆くも瓦解することになる。
「…おい」
するすると、脇腹を撫で上げられる。どういうつもりだ、問いただそうと口を開いた瞬間、温かく濡れた何かが、いきなり口腔に捩じ込まれた。
 
 
無防備に目を閉じたまま、心なし顎を突き出すようにして佇む姿は、さながら口付けを待つ乙女のようで、…いやいや、とアーチボルトは首を振る。
(…落ち着け…)
今、何かいかがわしいことを考えると、まずい。つい先ほど粗相をしでかしたにも関わらず、目を見開いた彼にそんなものを見られたら、何を言われるかわからない。深呼吸をして、アーチボルトは気持ちを落ち着けようとする。
「………」
だが、そこで大変間の悪いことに、寝台の上に投げ出された白い腿が、アーチボルトの視界に映った。しどけなくシーツに沈むそれは、ほっそりとした曲線が酷く扇情的で、…気がつくと、撫で上げるよう下腹を愛撫する自分がいた。
「…おい、」
異常に気付いた相手が、目を開けるより早く。うっすらと開いた唇に、舌をねじ込んで黙らせる。すまん、と一応断りを入れてから、アーチボルトは相手の胸をどん、と押した。
 
 
「あ、」
崩れた均衡を後手に支える間もない。やっと開いた眼を瞬き終えるか終えぬかの内に、視界が転じ、見慣れた天井が酷く遠くに映る。やけに長く感じられたその光景にすらも、だが、時間にすれば一瞬のことだ。
冷めかけた湯のような夜闇を割り、筋骨逞しい身体が四肢を押さえ付ける。寝台に縫われた我が身の自由に引き換え、与えられる行為といえば、釈明の如く幾度も繰り返される接吻と愛撫だ。寄せた膝を力に任せて割り開かれ、腰下に押し当てられたもの、充分すぎるほど熟れた熱にようやく彼の意図へと至る。
…それでも、それにしてもこれは、あまりに性急過ぎるではないか。
「…おい、…やめろ、アーチボルト…ん、」
制止さえ最後まで言わせてはくれない。互いの局部を慰め合った唇を強引に重ねられ、口腔まで貪られる。唾液に混じるかすかな苦味に、上気する頬の熱は止めようもない。下生えから臍を撫でる手付きは壊れ物にでも触れるようで、なまじ優しいだけ、秘めた劣情の深さが恐ろしい。
「……ん、く、…ぅ、」
息苦しさに咳き込む唇の端に、飲みきれなかった唾液が糸を引いて落ちる。向けられる欲情の深さに感じる震えは、恐れなのか、別の何かなのか、まだ自分にも判然としない。
 


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