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 24    春の音色
更新日時:
2010.04.27 Tue.
 
 どこか、聞き覚えのある旋律を耳にして、パラサは顔を上げた。見上げた窓の外には、暖かな春の日差しを受け、ほころび始めた若緑の木々が見える。
 
「ねぇ、はとこ。この音楽、なんだっけ?」
 
 ソファに足を投げ出し、数刻前からぴくりとも動かないエルフの相棒に、床に座り込んだまま声をかけると、僅かに身じろぐ気配と共に、不機嫌そうな声が降ってきた。
 
「・・・集合の時間まで起すなと言っただろう、はとこの子の子」
 
 掌で目元を隠し、眩しそうに顔をしかめる相手は、いつもに増して目つきが悪く見える。だが、この遠い親戚の寝起きの悪さはいつものこと。パラサは臆することなく言葉を続けた。
 
「こんな気持ちの良い日に、1日部屋で寝て過ごすなんて不健康だにゅう。・・・それよりも、さっきの質問、聞いてた?」
 
「いいや」
 
「ほら、表の通りから、何か聞こえるっしょ?」
 
 そう言って、パラサは耳を澄ますように、少し小首をかしげて見せた。妖精族特有の尖った耳に、賑やかな歌声と、弦をつまびく軽快なリズムが、僅かに聞こえた。
 
「・・・・・・あれがどうした」
 
 つられて、これまた長い耳を澄ませていたらしいスイフリーが、しばらくの沈黙の後に、鼻を鳴らしながら答えた。いつもの通り、への字に引き結ばれた唇は、春の浮き立つような陽気にも、賑やかな音楽にも、緩む気配を見せない。
 
「あのリズム、なんだか前にも聞いたことある気がするんだけど、思い出せないにゅう」
 
 ほらほら、確か何ヶ月か前、アーチーに、と幾つか言葉を付け足すと、そんなことも覚えていないのか、と寝起きの不機嫌さを残したまま、相手は短く答える。
 
「マーファの、祭りだろう」
 
「あ、それだ」
 
 相棒の言葉に、数ヶ月前の記憶を呼び起こされ、パラサもぽんと手を打った。
 丁度半年ほど前、まだオランの街も木々を紅に染めつつあった秋の初め、同じ歌、同じ音色で通りを歩く、鮮やかな装いの人々を見かけたのだった。人を陽気にさせるような軽やかな弦の音。桃色、赤、黄、様々な色の衣が舞い、その後を、子供達が追いかける。街全体で祝うような、大きな行事ではないものの、一目で祭りと分かるその集団を見かけ、ああ、と呟いたのは、地元オラン出身の二人、インテリ剣士アーチボルトと、魔術師のフィリスだった。
 
「確か、秋と春に1度づつやるお祭りだって、姉ちゃんたちが言ってたっけ」
 
「・・・正確には、各地区ごとに行われる豊饒と収穫の祭事だ」
 
 再び目を瞑りながら、しかし律儀に相手は付け足した。
 
「五穀豊穣を願う祝詞を歌いながら、神の使いを表す衣装を纏った人々が、各家々を回り、祝福する。ごく原始的な収穫祭だ」
 
「そうそう。確か、行列について行くと、お菓子が貰えるんだにゅう」
 
「・・・貰えるのは子供だけだ、はとこの子」
 
「マーファ様はそんな固いこと言ってないにゅう」
 
 言いながら、自然とパラサは笑みを浮かべていた。秋祭り当時、つまり半年前のことが、久々に思い出されたからだった。
 
「・・・あれから、まだ半年しか経ってないんだ」
 
 
 半年前。それは後にバブリー・アドベンチャラーズと呼ばれるようになる彼らが、出会ったばかりの頃の話である。
 
 賢者の学院の監査委員であるクナントン氏を助けたことがきっかけで、パーティーを組むことになった、6人の駆け出し冒険者。学者崩れの剣士アーチボルト、胡散臭いラーダ神官グイズノー、家出娘のフィリスに、良識人の戦士レジィナ。そして、人間社会を学ぶために森を出たエルフのスイフリー、グラスランナーのパラサ。
 この凸凹パーティーが最初に受けたのが、前述のクナントン氏の依頼だった。
 
「賢者の学院出て、宿まで帰る途中の道でさ、あのお祭り見かけたんだよね、はとこ」
 
「・・・そこまでは、覚えていない」
 
 むっつりと相手が返す。初めて受けた依頼のこととなると、途端に彼の機嫌が悪くなるのも、いつものことだった。まぁ、例の事件の顛末を思い出すだに、それも仕方のないことかな、とパラサは思う。
 学院のコモン・ルーンを持ち出し、故買屋に売りさばいていた魔術師と、最終的にパーティーは戦闘になった。その結果、パーティーは初の冒険にして、6人中4名が瀕死、1名が死亡という大惨事になったのである。
 
(・・・まぁ、その1名も、悪運強く生き返ったし。結果オーライだとオレは思うけど)
 
 大部分のグラスランナーの例に漏れず、楽天的にパラサは考えるが、どうも、知略を好むこの耳の長いはとこにすると、そうは思えないらしい。なんでも、最後に戦闘で解決となったのが納得いかないとか、当時はまだ古代語魔法の知識が足りず、十分な対策を取れなかったのがどうとか。
 
「負けず嫌いだよねぇ、はとこは」
 
 総合的に思ったことをポロリと口にすると、脳天に拳が降ってきた。さっとそれを避けてやれば、「避けるな!」と悔しげに拳を握る相手と目が合う。
 
「寝るんじゃなかったの、はとこ」
 
「不当な発言を撤回させる方が先だ」
 
「本当のことっしょ。だってさ、この前アーチーとチェスの勝負した時も、今まで連勝してたアーチーに一敗すんのが嫌で、アーチーがトイレに行った隙に白のポーンを・・・」
 
「はとこの玄孫ぉ!」
 
 途端、ソファを下りて追いかけてくる相手から、自慢の足でさっさと逃げる。この恒例の追いかけっこも、(相手は本気で怒っていたりもするが)パラサは結構気に入っている。
 
「とにかく、さ」
 
 しばらく室内を駆け回り、相手の息が切れ始めた頃を見計らって、少し離れた場所からパラサは言った。
 
「あれからまだ半年しか経ってないって思うと、何だか不思議な気がしない?はとこ」
 
「・・・あれから、とは、・・・?」
 
 肩で息をしながら、恨みがまし気にこちらを見てくる相手に、わざとにっこりと笑いながら言ってやる。
 
「みんなでパーティー組んでから、だにゅ。あの頃に比べると、一層息ぴったりになったよね、オレ達」
 
「・・・お前の気のせいだろう」
 
「そう?でも、あの頃よりオレ、レジィナねぇちゃんが何考えてるのか分かるようになったし、アーチーが怒り出すタイミングも分かったし、グイズノーの好みの姉ちゃんのタイプも分かったにゅう」
 
「・・・・・・」
 
 だからどうした、と言いたげに、相手が無言でこちらを見てくる。つかの間下りる沈黙に、再び、窓の外から祭りの音色と、歌声が聞こえてきた。
 
「うーんと、つまりさ」
 
 それを聞きながら、ふと思った。あとで、またあの行列に加わって来ようか。きっと、半年前と同じように、人々は色とりどりの紙に包まれた菓子を、自分にも振舞ってくれるだろう。そうしたら、自分はそれをパーティーの面々に分けてやる。レジィナは嬉しそうな顔をするだろう。グイズノーは安っぽい菓子だ、とか何とか言いながら食べるだろう。半年前と同じように。
 
「みんなで旅するのって、意外といいもんだな、って思ったんだにゅう」
 
「・・・何か悪いもんでも食べたのか、はとこの子」
 
「失礼だにゅう!」
 
 抗議の声を上げると共に、階下から、誰かがおーい、と呼ぶ声が聞こえてきた。気が付くと、太陽は丁度空の頂点。いつの間にか、集合時間となっていたらしい。
 
「・・・もう、そんな時刻か」
 
 諦めたように追いかけっこの体制を解くと、残念だったな、はとこの子、と相手は言った。
 
「春祭りの菓子は、貰い損ねたな」
 
「別に、構わないにゅ」
 
 また、半年後があるし。そう呟いて、パラサは機嫌よく、ん、と伸びをして見せた。
 華やかな春の音色が、窓のすぐ外を、通っていった。
 
 
 
 
 
初書きバブリー小説。ほのぼのを目指して。
 
 


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