唇に笑みを浮かべて、白皙のエルフは相手を見据える。
そして、幼子に言い聞かせるように、あるいは睦言を囁くように、ゆっくりと言葉を紡いだ。
『出でませ、愛しの戦乙女。
光輝く正義の槍で、我が前に或るものを討て』
常人には理解できない、鳥の囀るような精霊の言葉だったが、相手を青ざめさせるにはそれで十分。馬鹿な、何故また撃てる、奴を止めろ、早く、誰か。悲鳴交じりに聞こえるそれを聞き流し、エルフは最後の言葉を口にする。
『戦乙女の槍!!』
途端、宙に現れた幾筋もの光が、闇を切り裂き相手を貫く。鋭い悲鳴。それと共に、闇の中から、気配が消えて行く。一つ、二つ、・・・三つ、四つ。全て消えたか、と思った瞬間に、ぼろ、と手の中の魔晶石が崩れ、辺りは静寂に包まれた。
「・・・やれやれ、全く、懲りない連中だ」
パンパン、と手を払い、スイフリーはひとりごちた。
彼らバブリーズ・アドベンチャラーズが、ダークエルフの追撃を逃れるために、ストローウィック城を出て、数年。ここしばらく、彼らは二人一組で諸国を回り、周辺の情報収集に努めていた。
今回の襲撃は、そんな彼らを各個撃破せんと派遣されてきた、ファンドリアの刺客によるものだった。
「この街道を使うと、いつもこれだ。だから、私は気が進まなかったんだ」
ぶつぶつぼやきながら、スイフリーは鞄の中を検める。
今回は少々梃子摺った。いつもより相手側の数が多く、それに比例して多くの魔晶石を使う羽目になったのである。
ガメルに直せば、ウン万単位の大赤字。成功した冒険者である彼らにしてみれば、総資産の何重分の一にも満たない金額ではあったが、しかし決して安くもない。これではまるで通行税だ、と彼はいささかうんざり気味に思った。
「…そういえば、あいつはどうしたんだ」
ふと気がついて、スイフリーは闇夜に目を懲らした。戦いの途中、敵を引きつけるようにして走って行ったあの相棒が、ダークエルフごときにやられたとは微塵も思わないが、道に迷っている可能性はある。彼は、自分と違って暗視を持たない。
「…仕方ない、こちらから出向くか」
鞄を閉め、屍へ背を向ける。さて、どうやって探すか、フィリスでもいれば、探知の魔法で簡単に見つけられたのだが…。
「ふふ」
「!?」
突如、背後から笑い声が漏れる。はっと振り向いた先には、屍と思っていた影が一つ、僅かに身を起こしかけていた。咄嗟に、印を結ぶ。戦乙女よ、と再び精霊を呼び、韻律を歌う。
だが、その時。
「あは、は、」
どぐゅ、と嫌な音がした。自分の体ではない。相手から。
「な…」
思わず声が漏れた。ダークエルフの手に握られた黒い短剣は、自身の胸へと突き立てられていたからだ。
「ひひ、…ははっ」
一瞬、黄色く濁った瞳がこちらを見る。憎悪と、喜悦に満ちて。 その不可解さと、生理的な嫌悪に、スイフリーは眉を顰める。自暴自棄の自害か。それとも、まだ何か隠し種があるとでもいうのか。残りの魔晶石の数を思い浮かべ、こめかみを汗が伝った。
緊迫の数秒。
「・・・・・・・・・つ」
しかし、呆気無く崩れ落ちたのは、相手のダークエルフの方だった。気味の悪い笑みを浮かべたまま、がくりと崩れ落ち、・・・今度こそ、ぴくりとも動かなくなる。
「・・・・・・・・・、一体、何のつもりだったんだ・・・?」
釈然としない気分で、溜め息をついた。こけ脅しにしては、悪趣味過ぎる。一瞬、また死に際に呪いでもかけられたのではないかと不安になるが、あの時のような、おかしな感覚もない。
「考えすぎ、・・・ならいいが」
とにかく、相棒と合流することを考えよう。原因は後で考えればいい。そう結論づけ、スイフリーは再び屍に背を向けた。闇夜に目をこらすと、少し遠く、木々の合間に、小さな人影が見える気がする。剣戟の音が聞こえないところを見ると、あちらも上手くやったらしい。
おおい、はとこの子。
手を挙げ、声を上げようと息を吸った、その瞬間。
地面に、赤い光を放つ魔方陣が、浮かび上がった。
これも、1年前に書いて放置していたもの。アチスイ普及小説。
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