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頂きもの展示室
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 5    弁士に捧ぐ (エルフ小説・SBSさまより)
更新日時:
2010.05.03 Mon.
 
 結論から言おう。
きみは素直に口を開いてくれてもいいし、あくまでも不義理な主人に忠義立てするというのなら、それはそれで構わない。無理に話さなくても大方の事情は飲み込めている。わたしは無意味な拷問など好みではないし、きみにしたって、被虐の気はないだろう。さっきの小競り合いで、きみは実に上手く立ち回っていたね。皮肉ではないさ。乱戦できみのように決定力のない者が取れる行動として、味方を盾にしながらの撹乱は戦術的に最も合理性のある選択だ。現に、あの奇襲に参加した者のうち、結果としてきみだけが生存している。
きみのような刺客とやり合うのはこれが初めてではないし、恐らく、最後にもならないだろうな。こんな稼業に多少の因縁はつき物とはいえ、つくづく、面倒な連中と関わりあってしまったものだ。きみのように目端の利く人間が大挙して押し寄せる光景は、なるべくなら想像したくないね。
相手を間違えた、とでも言いたいようだね。そうだな、正直に言えば、現時点のきみの実力でわたし達に壊滅的な被害を与えるのは不可能だろう。きみのような子供を使う利点は、結局のところ意外性と、相手の同情を請いやすいくらいか。前者はともかく、後者についてきみの雇い主が少しでも期待したというのなら、わたし達も相当侮られたものだな。
…本当のことを言うと、わたしはきみくらいの年代と話すのは苦手だ。理屈は通じない、すぐに感情を爆発させる、泣いて謝れば周囲がどうにかしてくれると思っている。まるで動物だ。昔、どこかの小説家が物心付く前の幼児など人間ではないと著述して物議を醸したことがあったが、それも一理あるとわたしは思うよ。
まあ、幸いきみは年齢にしては物事の道理が解っているようだから、こちらとしても楽に済んでありがたい。それも当然だろうな。見たところ、きみはこの世界の、随分と暗がりを歩いてきたようだから。覚悟だけなら、うちの能天気な同業者とも張り合えるかもしれない。他の部分は、とりわけ口調は、絶対に真似しないことをお勧めするが。
前置きが長い?そうだな。確かに、話しすぎた。近頃は交渉のイロハを知らない輩が増えたものだから、無意味な命のやり取りにうんざりしていてな。だからといってきみのように歯応えのある相手ばかりというのも、神経が疲れるものだが。
いずれにせよ、暴力に訴えるのは、あらゆる手を尽くした後の最終手段だ。その様子だと、きみも同意見のようだな。…では、どうして賢明なきみは、あの襲撃に参加した?見たところ先の夜襲は、警告にもならないお粗末なものだったな。事前に計画の全容を把握し、かつ正常な判断能力を備えていれば、立案者の神経を疑うような下策だ。想定される人的被害に対して、あまりにも利点が少ない。では、どうしてそんな拙い作戦に、賢いきみは乗ったのだろうね。
本題に入ろう。きみの置かれている事情は、先ほども言ったとおり大まかに把握している。「あの方」の指した駒のひとつがきみのお父君。彼が無謀にも前線に送り込んだ歩兵がきみ。そして、きみが今一番気に掛けているのは、己でなく腹違いの姉君の無事だ。…ああ、細かい事情は結構。他の者ならともかく、わたしはそういうものに興味はない性質でね。最終的にきみとわたし達の利益が一致すれば、それでいい。
素直に父君とお仲間について話してくれればそれで良し。あくまでも抵抗するというのなら、仕方ない。わたし達も別の方策を考えるまでだ。…ふむ、そうは言ってももう、どちらを選べば後の憂いを絶てるか理解できているようだね。結構。いつもきみくらい利口な相手なら、わたしも楽なのだが。
さて、改めて問おう。きみのご父君の根城。手勢の数、配置。砦内の見取り。可能であれば、内外に仕掛けられた罠の種別と、解除手段まで。
話してくれるね?
 
 
 
「…いつも思うけど、良くあんなに口が回るね」
「なんだ、人間の少女よ。盗み聞きとは趣味が悪い」
「人のこと言えた義理じゃないでしょ。…あの子は?」
「アーチボルトとパラサに任せた」
「…人選を微妙に間違ってない?」
「残りの二人に任せるよりはマシだろう。…わたしだってあの年頃は苦手だ」
「その割に、今回は随分熱が入ってたみたいだけど」
「彼は子供である前に、交渉の余地がある相手だった。それだけだ」
「わたし、スイフリーがまた『そこの子供、知っていることをきりきり白状しろ』とか言い出したら、どうしようかと思ったよ」
「…そんな真似はしない」
「そうかなあ」
「そうとも」
「………」
「言いたいことがあるなら、自由に褒めてくれて構わんぞ、人間の少女」
「べつに褒めるって決めたわけじゃないんだけど」
「なら、讃えてくれても良い」
「同じだよ。…でも、確かに、あれだけ口が立つのはすごいと思う」
「…なんだ、薮から棒に。気持ちの悪い」
「だって、わたしにああいう真似は出来ないもの。スイフリーを見てると、ああやって話している時はまるで怖いものなしじゃない」
「怖いさ」
「…そう?」
「言葉で乗り越えられる段階なら、そうそう恐ろしいこともない。わたしが怖いのは、その先のことだ」
「その先のこと?」
「そうだ。本当に恐ろしいのは、どんなに言葉を尽くしても、乗り越えられない事実だ。口先で白黒塗り替えられない事態になれば、あとはもう実力でどうにかする他にない」
「…そう…かな」
「お前はわたしよりも腕が立つし、大抵の事態にも一人で対処できる。それは認める。…だが、腰に佩いたその剣は、出来うるなら最後の最後まで取っておけ。例え誰のものであっても、命は出し惜しみするものだ。貴重な共有財産だからな」
「………さっきの怪我のこと、言ってるんだよね」
「あの時はグイズノーもいた。魔晶石も余っていた。だが、次もそうとは限らん」
「………」
「負傷を癒すにも人的労力が必要になる。出来るなら、消耗は避けるべきだ。わたしはそのために力を尽くしている。単純な損得の問題だ」
「うん。…ありがとう」
「…礼を言われるためにしているのではない」
「でも、心配してくれるのは、嬉しいよ」
「心配ではない。収支の勘定が釣り合わないのが気に入らないだけだ」
「そう?」
「そうだ」
「ふうん」
「…早く仮眠を取れ。わたしはまだすることがある」
「うん。おやすみ、スイフリー」
「寝坊はするなよ」
「わかってる」
「ならいい」
 
「…うん。………あ、」
「どうした。まだ、何かあるのか」
「…えっと、まあ。大したことじゃないけど…」
「言ってみろ」
「……あのね。さっき、礼を言われることじゃないって、はっきり言われちゃったけど。でもわたしは、スイフリーがみんなのために頑張ってるの、わかる、から。…たぶん、わたしだけじゃなくて、アーチーやお姉さんやパラサもグイズノーも。みんな、わかってるから。…だから今、みんなの分も言っておくよ。ありがとう」
「…」
「それだけ。ごめんね、話しかけて。…おやすみ」
 
 
 
「…ああ。おやすみ、レジィナ」
 
 
 
 
 
 
 
えええ、スイフリーが素直に「おやすみ」とか言ってる!(笑)
ありがとうございます、SBSさま!
今回はお仕事してるエルフ。やっぱり、なんて口の回るエルフなんだ。
 


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