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 11    バブリーズ・リベンジ 1−3
更新日時:
2010.04.29 Thu.
 
1−3 「そうでなくて。例のエルフのことですよ」
 
 
 
 
 
 
「かんぱーい」
 
 ごん、と木の器をぶつけ合い、グイズノーはエールを呷る。
ぐ、ぐ、ぐ、と。神官服も脱がぬ内から、相変わらずの良い飲みっぷりだ。 
 
「…ふぅ。あ〜、うまい。もう、この一杯のために修行してますよ」
 
「……してたか?修行」
 
 その向かいに座ったアーチボルトも、呆れ顔で杯を呷った。
 
 
 ここは、オランとアノスの国境にある、小さな街の大衆酒場である。珍しく組んで用事を済ませた二人は、日も暮れない内から仕事明けの一献を決め込んでいるのだった。
 
「いやぁ、しかし、やはり学者貴族はいいですね。王都以外にも地方に別荘をお持ちとは」
 
 手酌で次の一杯を注ぎながら、グイズノーは言う。
 
「手間が省けましたね。あなたのご両親は、こちらまで非難させずとも安全のようだ」
 
「とりあえず、護衛ぐらいはつけるつもりだがな」
 
 鶏肉を頬張りながらアーチボルト。
今回はお忍びでの行程のため、彼も昔のような簡素な旅装で済ませている。
 
「問題は、フィリスの所だろう。あそこは学院とベッタリだ。同じ賢者の学院の所属とは言え、ウィムジー家とは事情が違う」
 
「ははぁ。こういう時は、役職付きも考えものですね。
組織からの恩恵も多い分、制約も多い」
 
「まぁ、あれのうちも、いざとなればテレポートがあるからな。
 緊急時の脱出には困らんが、…こちらとしては、緊急時になる前に脱出して欲しい所だ」
 
「全くです。説得がうまくいくといいんですが」
 
 かりかりのフィッシュフライにフォークを突き立て、グイズノーも首を傾げる。
 
 アノスとオランの危機的状況を知ったバブリーズが、最初に行ったのは近親者の安全確保だった。特に、王都オランに肉親の住むアーチボルト、フィリスは迅速に手打つ必要があった。法王はオランへの聖戦発動も止むなしとしている、そんな物騒な噂もあったからだ。
 
「しかし、これからどうしたものでしょうね、我々は」
 
「ん?とりあえず、我が城まで帰るだけだろ」
 
「そうでなくて。例のエルフのことですよ」
 
「………」
 
 マッシュ・ポテトにフォークを突き刺していたアーチボルトの手が、ぴたりと止まる。
 
「頑なに『我々は不干渉だ』とか言っちゃって。
 そうもいかないでしょう、うちには熱血筋肉小娘もいるんですから。
 …ああ、我々がいない内に、揉め事を起こしてないといいんですけどねぇ…」
 
「………」
 
「どうも最近ナーバスですよねぇ、彼は。我々は、金もコネも実力もある成功した冒険者なわけですから、もっとどーんと構えていればいいのに」
 
「無謀と慢心の精霊に憑かれてるんじゃないか、あんた」
 
「そりゃスイフリーの専売特許でしょ、アーチー」
 
「…私は何も言っていないぞ」
 
「あれ?」
 
 グイズノーはきょろきょろと辺りを見回した。突然会話に割り込んできた声の主を探すが、彼らのテーブルの周りには誰もいない。
 
「気のせい、にしてはちょっと毒舌過ぎる突っ込みでしたが」
 
「そう思うなら、もっとよく見ろ」
 
「あ」
 
 声の聞こえた方角を見て、アーチボルトは目を丸くした。そこは、壁際だった。行商人か何かの荷物が山と積まれている、その中に、見慣れぬ鳥の入った鳥かごがあった。
 美しい青い鳥だ。それを見て、おお、とグイズノーが感嘆の声をあげる。
 
「あらま。コンゴウインコですねェ。これは珍しい。
 …しかし、まぁ、まさかこの鳥が喋るなんてことは…」
 
「心配無用。生憎、人語の発音には不自由しない身だ」
 
「…………へ?」
 
 グイズノーが、あんぐりと口を開ける。鳥かごから聞こえてきたのは、立派な共通語だった。アーチボルトも、思わずフォークを取り落としている。
 
「お望みならば、東方語も話してみせるぞ」
 
「……おい、初期のスイフリーより語学堪能な鳥類だぞ」
 
「……誰か、荷物の中に隠れてて、いたずらしてるんじゃないですか?」
 
「調べてもいいが、時間の無駄だな。私は自発的に君達と会話している」
 
 青い鳥はそう言って、これだけは鳥類らしく、きゅ、と首を傾げて見せた。
 とりあえず、グイズノーは手近にあったアーチボルトのヒゲを「えい」と引っ張ってみる。悲鳴と共に、アーチボルトは飛び上がった。
 
「いっつぅ!?何をする!!」
 
「…二人揃って酔っぱらってるわけでもないようですね。つまり、本当に喋っている」
 
「この場合、重要なのはただ喋るだけでなく、私が知能を持っている点だろう。違うかな?」
 
「…一体、何者だ、お前は…?」
 
「ただの哀れな籠の鳥だよ。金もコネも実力もある、成功した冒険者に買われたいと思っているのだが」
 
 なかなか相手が現れなくてね。
 芝居がかった言い回しで、青い鳥は二人に告げる。
 と、その時。
 
「――…いやぁ、マスター、荷物預けちゃって悪かったね」
 
 タイミング良く、行商人らしき男が姿を見せる。
 
「………」
 
「………」
 
 二人は、顔を見合わせた。
 
「…仮に、これがインチキだったとしても、だ。アイディア料ぐらいは、弾んでやってもいいと思うんだ」
 
「…好奇心には逆らうなと、ラーダ様もおっしゃってます」
 
「決まりだな」
 
 アーチボルトは咳払いすると、おもむろに財布を取りだした。
 
「…そこの商人。その青い鳥を売ってくれないか」
 
 
 アーチボルト、人生初の衝動買いであった。
 
 
 
 
 
 
 
おっさん二人で飲んでる図も、中々楽しいと思うんです。
 
 
 


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