1−3 「そうでなくて。例のエルフのことですよ」 
  
  
  
  
  
  
「かんぱーい」 
  
 ごん、と木の器をぶつけ合い、グイズノーはエールを呷る。 
ぐ、ぐ、ぐ、と。神官服も脱がぬ内から、相変わらずの良い飲みっぷりだ。  
  
「…ふぅ。あ〜、うまい。もう、この一杯のために修行してますよ」 
  
「……してたか?修行」 
  
 その向かいに座ったアーチボルトも、呆れ顔で杯を呷った。 
  
  
 ここは、オランとアノスの国境にある、小さな街の大衆酒場である。珍しく組んで用事を済ませた二人は、日も暮れない内から仕事明けの一献を決め込んでいるのだった。 
  
「いやぁ、しかし、やはり学者貴族はいいですね。王都以外にも地方に別荘をお持ちとは」 
  
 手酌で次の一杯を注ぎながら、グイズノーは言う。 
  
「手間が省けましたね。あなたのご両親は、こちらまで非難させずとも安全のようだ」 
  
「とりあえず、護衛ぐらいはつけるつもりだがな」 
  
 鶏肉を頬張りながらアーチボルト。 
今回はお忍びでの行程のため、彼も昔のような簡素な旅装で済ませている。 
  
「問題は、フィリスの所だろう。あそこは学院とベッタリだ。同じ賢者の学院の所属とは言え、ウィムジー家とは事情が違う」 
  
「ははぁ。こういう時は、役職付きも考えものですね。 
組織からの恩恵も多い分、制約も多い」 
  
「まぁ、あれのうちも、いざとなればテレポートがあるからな。 
 緊急時の脱出には困らんが、…こちらとしては、緊急時になる前に脱出して欲しい所だ」 
  
「全くです。説得がうまくいくといいんですが」 
  
 かりかりのフィッシュフライにフォークを突き立て、グイズノーも首を傾げる。 
  
 アノスとオランの危機的状況を知ったバブリーズが、最初に行ったのは近親者の安全確保だった。特に、王都オランに肉親の住むアーチボルト、フィリスは迅速に手打つ必要があった。法王はオランへの聖戦発動も止むなしとしている、そんな物騒な噂もあったからだ。 
  
「しかし、これからどうしたものでしょうね、我々は」 
  
「ん?とりあえず、我が城まで帰るだけだろ」 
  
「そうでなくて。例のエルフのことですよ」 
  
「………」 
  
 マッシュ・ポテトにフォークを突き刺していたアーチボルトの手が、ぴたりと止まる。 
  
「頑なに『我々は不干渉だ』とか言っちゃって。 
 そうもいかないでしょう、うちには熱血筋肉小娘もいるんですから。 
 …ああ、我々がいない内に、揉め事を起こしてないといいんですけどねぇ…」 
  
「………」 
  
「どうも最近ナーバスですよねぇ、彼は。我々は、金もコネも実力もある成功した冒険者なわけですから、もっとどーんと構えていればいいのに」 
  
「無謀と慢心の精霊に憑かれてるんじゃないか、あんた」 
  
「そりゃスイフリーの専売特許でしょ、アーチー」 
  
「…私は何も言っていないぞ」 
  
「あれ?」 
  
 グイズノーはきょろきょろと辺りを見回した。突然会話に割り込んできた声の主を探すが、彼らのテーブルの周りには誰もいない。 
  
「気のせい、にしてはちょっと毒舌過ぎる突っ込みでしたが」 
  
「そう思うなら、もっとよく見ろ」 
  
「あ」 
  
 声の聞こえた方角を見て、アーチボルトは目を丸くした。そこは、壁際だった。行商人か何かの荷物が山と積まれている、その中に、見慣れぬ鳥の入った鳥かごがあった。 
 美しい青い鳥だ。それを見て、おお、とグイズノーが感嘆の声をあげる。 
  
「あらま。コンゴウインコですねェ。これは珍しい。 
 …しかし、まぁ、まさかこの鳥が喋るなんてことは…」 
  
「心配無用。生憎、人語の発音には不自由しない身だ」 
  
「…………へ?」 
  
 グイズノーが、あんぐりと口を開ける。鳥かごから聞こえてきたのは、立派な共通語だった。アーチボルトも、思わずフォークを取り落としている。 
  
「お望みならば、東方語も話してみせるぞ」 
  
「……おい、初期のスイフリーより語学堪能な鳥類だぞ」 
  
「……誰か、荷物の中に隠れてて、いたずらしてるんじゃないですか?」 
  
「調べてもいいが、時間の無駄だな。私は自発的に君達と会話している」 
  
 青い鳥はそう言って、これだけは鳥類らしく、きゅ、と首を傾げて見せた。 
 とりあえず、グイズノーは手近にあったアーチボルトのヒゲを「えい」と引っ張ってみる。悲鳴と共に、アーチボルトは飛び上がった。 
  
「いっつぅ!?何をする!!」 
  
「…二人揃って酔っぱらってるわけでもないようですね。つまり、本当に喋っている」 
  
「この場合、重要なのはただ喋るだけでなく、私が知能を持っている点だろう。違うかな?」 
  
「…一体、何者だ、お前は…?」 
  
「ただの哀れな籠の鳥だよ。金もコネも実力もある、成功した冒険者に買われたいと思っているのだが」 
  
 なかなか相手が現れなくてね。 
 芝居がかった言い回しで、青い鳥は二人に告げる。 
 と、その時。 
  
「――…いやぁ、マスター、荷物預けちゃって悪かったね」 
  
 タイミング良く、行商人らしき男が姿を見せる。 
  
「………」 
  
「………」 
  
 二人は、顔を見合わせた。 
  
「…仮に、これがインチキだったとしても、だ。アイディア料ぐらいは、弾んでやってもいいと思うんだ」 
  
「…好奇心には逆らうなと、ラーダ様もおっしゃってます」 
  
「決まりだな」 
  
 アーチボルトは咳払いすると、おもむろに財布を取りだした。 
  
「…そこの商人。その青い鳥を売ってくれないか」 
  
  
 アーチボルト、人生初の衝動買いであった。 
  
  
  
  
  
  
  
おっさん二人で飲んでる図も、中々楽しいと思うんです。 
  
  
  
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