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 12    バブリーズ・リベンジ 1−2
更新日時:
2010.04.29 Thu.
 
1−2 「全く、物騒な世の中になったもんよね」
 
 
 
 
 
 
「ねぇ、だから言ったでしょ?このままオランに残るのは、危ないんだってば」
 
 苛々している時の癖で、たんたんとつま先を鳴らしながら、フィリスは言う。彼女は今、なんとオランの実家にいた。普段は苦手としている父親に、急を告げるために。
 
「父さんだって判ってるんでしょう?もう、アノスの方じゃ、オランは説明責任も果たせないのか、って反魔術師運動立ちあがりまくりよ」
 
「……例の件か」
 
「そう。例の、賢者の学院の隠しごと、よ」
 
 全く、あのたぬき親父。学院の最高導師をあまりにも堂々と罵るフィリスに、父親は大慌てで叱った。
 
「ちょ、お前!マナ・ライ師になんてことを!」
 
「だってそうでしょ?マナ・ライだかバレンだか知らないけど、あいつらの所為じゃない」
 
 フィリスは先日、仲間から聞いた話を思い出し、唇を噛んだ。
 半年ほど前のことだ。オランやアノス、その周辺の国々で、穏やかならぬ噂が立った。オランの魔術師ギルドが、古代の魔物を復活させた。その魔物は、古代カストゥール帝国を滅ぼした怪物である。笑いごとだと一笑に附してしまえば済むそれを、何故かオランははっきりと否定しなかった。
 後々、それが全くの嘘でないことが、盗賊ギルドを介しパーティーに伝わる。
 古代の魔物は、実在したのだ。
しかも、その復活には、賢者の学院の魔術師が、深く関わっていた。
 
「無の砂漠の遺跡で、カストゥールの化け物を見つけて、しかも、それを復活させちゃうなんて。信じらんない」
 
「そう悪し様に罵るものじゃない。仕方なかったんだ」
 
「仕方ない?ああ、そう。身内の事となると途端に甘くなるのが学院の悪い癖よ。
 そうやって、ギリギリまで庇い合いしてるから、こんなに話が大きくなったんでしょ!」
 
 フィリスが一番頭に来ているのは、そこだった。古代王国の魔物の復活は、実はもう10年も前の出来事なのだという。その間、学院や国の上層部はこの事件を知りながら、大した対策も取れずにいたわけだ。対して、魔物はここ10年で順調に無の砂漠を横断し、人の住むところに辿り着くまで、あと少し。
 
「最初から話を公にしてれば、こんなことにはならなかったのよ。
 それを何、やっと私達にまで情報が下りてきたかと思えば、…もうすぐ時間切れ?
 そりゃ、アノスじゃなくとも怒るわよ!」
 
「私達も、何もしなかったわけではないのだ。
マナ・ライ師は、オーファンのリウイ王子に魔物を倒す剣の探索を頼まれた。
 お前も聞いたことはあるだろう、『ファーラムの剣』だ。
 王子は今、その剣の試練を受け、眠っておられる」
 
「眠ってる?こんな大事な時に?…全く、役に立たない奴ね…!」
 
 フィリスは苛々と父親の机の前を往復した。彼女の父親は学院の導師だ。戦争になり、かつ万が一オランが負ければ、捕えられる側の人間である。アノスは、魔術を擁護するオランを、魔術師自体を、敵視しつつあるのだから。
 
「とにかく、今のうちに避難してよ。テレポートのスクロール、父さんの分と母さんの分、持ってきたから」
 
「私はここを離れるわけにはいかない。学院もやることがある」
 
「……ならせめて、約束して。危なくなったら、これを使って私達の城まで逃げてくるって」
 
「判った。約束する」
 
 餞別を受け取り、重々しく頷く父親に、フィリスはため息をついた。頑固者なのはよく承知している。今ここで無理に言っても素直に避難しないだろうことも。
 
「……はァ。全く、物騒な世の中になったもんよね」
 
「全くだ。…学院も、一枚岩ではないしな」
 
「…それ、どういうこと?」
 
「この事件を知っていたのは、学院の上層部のみだ。多くの導師や賢者は、事件を知らなかった。真相が明るみに出た今、内部でも混乱が広がっている」
 
 これを見ろ、と父親は紙の束を差し出した。そこには、幾つかの名前と所属、そして、『処分』の文字を見つけ、フィリスは眉を顰めた。
 
「…何、これ?処分って、…」
 
「ここ半年で、学院関係者が起こしたトラブルの一覧だ。ささいな揉め事から重大な犯罪まで、件数が倍増している。監査委員の手が足りなくて、こっちにまで回って来た」
 
「機密書類をこんなとこに出しっ放しにしないでよ、って……あら?」
 
 フィリスは、書類をまじまじと見つめた。そこに、知った導師の名を見つけたからである。
 
「……うそッ!ラルマー先生、亡くなったの!?」
 
「ああ、…お前は知らなかったか。そう、亡くなったんだ。一月ほど前に、殺された」
 
「誰に?」
 
「導師の弟子だ。新しく取った生徒だったんだがな、それと何かトラブルがあったらしい」
 
「何か、…って…父さんも知らないわけ?」
 
「ああ。その弟子はまだ捕まっていないんだ。…全く、やりきれん話だよ。彼は、本当に素晴らしい魔術師だったのに」
 
「………そうね」
 
 フィリスも、神妙に視線を落とす。ラルマー導師は、まだフィリスが賢者の見習いだった頃、世話になった魔術師だった。魔術師には欠けがちな良識と協調性、そして賢者の素質を合わせもつ、優秀な導師だった。
 
「まぁ、…今日のところは、お前も帰りなさい。
 こちらはこちらで、まだ何とかやっていけるから」
 
「…わかったわ」
 
 胸の奥に溜まった空気を吐き出して、フィリスはまたスクロールを取りだす。
 そして、それに書きつけられた言葉を、すらすらと読み上げると―――
 
 彼女の姿は、煙のように消えていた。
 
 
 
 
 
 
フィリスさんとお父さんの会話って、リプレイだとあんまりないんですよね。
例の「結婚したら連絡するから」「する前にしろ!」ぐらい。


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