「…や、めろッ、…う、しろから、は…」
「仕方ないだろう。…我慢しろ、今は」
闇の中。細い身体を木の幹に押し付け、必要なところだけ着衣を乱す。相手は、往生際悪く抵抗中だ。確かに、後ろからされるのは嫌いなのだと、日頃から言っているのは知っていたが。
「おい、…おい、こら、我儘を言っている場合か。三十分、それだけしか無いのだぞ」
「…それ、が、理由に、なるかっ」
強情なエルフは、それでもまだ抵抗を止めない。少し腹が立って、尖った長い耳、…彼らの種族的弱点でもあるそれを、躊躇いなく噛んだ。
「ひぃッ!?」
「…おとなしく、しろ」
耳殻を舐めまわしながら、低い声で告げる。ようやく、強張った身体から力が抜け、観念したようにスイフリーは目の前の木に縋った。
パダから、オランに戻る途中のことである。探索の依頼を終え、幾許かの金を手に入れた彼らの道中は、気楽なものだった。レジィナは、次は少しいい武器を買おうか、フィリスと話し合っている。パラサはまたぱーっと使ってしまおうと言ってグイズノーに鼻で笑われ、そういうグイズノーはやはり花いろいろ亭ですかね、などと嘯いている。既に、彼らのレベルでは、野党や獣を恐れる必要も無い。夜の野営も、やや気の抜けたものとなっていた。
ある日の、真夜中のことである。焚火の前で寝ずの番をしていたアーチボルトは、起きだしてきたグイズノーに顔を上げた。
「そろそろです」
「…交代か」
早いな、と呟いて体を伸ばす。丁度、真円を描く月が空の真ん中に輝く、明るい夜だった。
「特に変わったことはありました?」
「何も。いたって平和な夜だよ」
「それは結構。…そうそう、スイフリーも起こして下さい」
「判った」
テントに入って行こうとするアーチボルトの後ろ姿に、ふとグイズノーは「ああ」と呟いた。
「くれぐれも、セクハラしてはいけませんよ」
「…ズンバラリンされたいのか、お前」
「いえいえ。ただ、ここのところ共用部屋でしたし。あなたも彼も、少々そわそわしているようでしたから」
「…………」
反論したいアーチボルトだったが、生憎良い言葉が出てこない。言われてみれば、…確かにそうだったかもしれない、と少しだけ思ってしまったので。
「…ははぁ、その様子だと図星ですね。やれやれ、全く若いですねぇ、我らがリーダーは」
「…お前に言われたくないぞ、生臭め」
「おや。そんなことを言っていいんですか?せっかく私が、親切な提案をしてあげようとしたのに」
「提案?」
「そう。提案です」
グイズノーはいつもの胡散臭い笑顔を浮かべ、指を一本立ててみせる。
「三十分、お譲りしましょう。そこのエルフ君の見張り番。それぐらいなら、私一人で見張っていても問題ない」
「…で、その対価は?」
「おや、さすがに察しがいい。そうですね、では、オランに帰ったら『そういう』店で奢って頂くということで」
「…………、いいだろう」
一瞬迷ったが、結局アーチボルトはその提案を受け入れた。指摘されると、ますます自分の中にあった欲求が、確固たる形を持って圧し掛かってくる気がする。
(…また、あいつは怒りそうだが)
お前は性的な要求が多すぎる、とか。人間の繁殖力が強いのは判ったから加減しろ、とか。日頃エルフから言われている苦情を思い出しながら、アーチボルトは思案する。これはきっと、綿密な作戦を立てるより、…力で押した方が良い。彼の知る限り、今のところこれが一番成功率の高い作戦なのだった。
結論が出たところで、焚火に背を向け、静かに寝息を立てるエルフにそっと触れる。
「…起きろ、スイフリー」
「………ん、…」
「起きるんだ」
「!?」
まだ完全には覚醒しきっていない相手を、毛布ごと抱えて起き上がらせる。相手の頭が寝起きの混乱に陥ったままなのを確認し、アーチボルトは言葉を続けた。
「付き合え、三十分だ」
「…え?」
「来い」
「…お、おい、アーチボルト?」
立ちあがらせると、引きずるように相手の手を引く。途中、焚火の前でひらひらと手を振るグイズノーの方をちらりと見て、アーチボルトはまた足を速めた。
「アーチボルト、…アーチボルト!」
「大声を出すな」
焚火の炎が遠ざかり、木立の陰に隠れたところで、手を離す。予想通り、エルフが怒った様子で自分に詰め寄ってきた。
「一体、何のつもりだ!いきなりこんなところまで、連れて来て」
「説明している時間はない」
「何だと?」
「三十分だ」
「は?」
一瞬、エルフが眉を顰めて固まる。隙あり、とばかりにアーチボルトはその薄い肩を掴み、手近の木に押し付ける。
「グイズノーの好意でな。…触れ合う時間ができた」
「……!?」
薄闇の中で、切れ長の目が大きく見開かれる。咄嗟に、何か叫ぼうとする唇を、己のそれで塞いだ。
「う、…」
「口を、……開けろ、」
「誰、が、ッ……んん!?」
ぬるり、と舌を滑り込ませると、明らかに背筋が震えた。いつまで経っても、このエルフは夜の行為に耐性ができない。いつもなら、時間をかけてその緊張を解いてやるところなのだが、如何せん、今回はアーチボルトにもその余裕がなかった。
「…や、めろッ、…う、しろから、は…」
ベルトを解き、服の合わせ目から肌を探る己に、エルフが恐怖にも似た表情を浮かべる。
「仕方ないだろう。…我慢しろ、今は」
止められない。抵抗する相手を押さえつけ、大人しくしろと恫喝し、まるで獣のように性急に事を進めて行く。一体、自分はどうしてしまったのだろう、僅かに残った理性の欠片が、頭の片隅で呟く。
「手をついて、…力を、抜け」
「…無茶を、言うな。何を、考えてるんだ、お前…」
「別に。ただ、これをどうにかしたい、とだけ」
無造作に腰を抱き、身体を密着させると、それだけで小柄な体がぎくりと強張った。間髪入れずに、「変態!色狂い!」と罵詈雑言が飛んでくる。
「こっ、この発情期の犬!の色情狂!やめろ、腰を押し付けるな!どうして、どうして私がその人間の変態性欲に付き合わされなければいけないんだ!交情なんて、三月に1度で十分だろう!?」
「…森の中ではそうかもしれんが、人の街に下りてきたのはお前だからな。郷に入っては郷に従えというだろう」
「いやだっ……ああッ!」
会話の合間に濡らした指を、ぐちりと最奥に突き入れてやる。如何せん、今は唾液以外に濡らすものがない。少し我慢しろよ、と言い置いてぐちり、ぐちりと潤いの足りない穴を探る。白い喉から、絞り出すような声が漏れた。
「っう、ぐ…ぅ……あ、アーチ、ボルト…」
「力、抜けよ」
「アーチボルト…」
弱々しく、金の髪が揺れる。許しを請うようなそれに、しかし同情心は湧かない。逆に、それを踏み越えてしまえば何が見えるのだろうと、…残酷な好奇心にも似た何かが胸の内に湧きおこる。本当に、自分はどうしてしまったのだろう。彼の中を探りながら、思わずにはいられない。
「ど、うして、…わたし、なんだ…」
「…判らないのか?」
惚れてるからだよ、と囁けば、細い身体はびくりと震え、…やがて完全に沈黙した。
同時に、ああ、そうなのか、と、どこかで納得する己がいる。
「は、」
やはり、きつい。慣らしの十分でないそこは、うねるような圧力で異物を排除しようとする。それに逆らい、じわじわと、根気よく埋めていけば、押さえた唇の隙間から、あえかな悲鳴が漏れた。
「っ」
…あと、十五分ぐらいだろうか。この状態で時計を取りだすわけにもいかず、アーチボルトは頭の中で検討をつける。限られた時間の中での交情というのは初めてで、少々焦りを覚えつつあった。何しろ、制限時間の半分を過ぎたというのに、まだ相手に快楽を与えられずにいる。
「…スイフリー」
「あ、」
前に手を回し、興奮の兆しを見せ始めたそれを掴むと、相手が弱々しく頭を振った。
「い、いい、…よご、れ、る」
「そうもいかんだろう」
熱く芯を持ち、ぬるりぬるりと体液を滴らせるそこに、彼も、感じていないわけではないのだと悟る。ただ、それを上回る羞恥心と理性が、淫らな行為に浸るのを容認してくれないだけで。
「教えただろう。何も考えるな。出来のいいお前の頭も、これの時は役に立たない」
「無茶、言うな…ッ」
怒りを含んだ掠れ声が、苦言を呈する。その拍子に腹に力がかかり、うう、と呟いてまた黙る。いくら言って聞かせても、この時ばかりは鋭い知性も邪魔になるばかりだ。アーチボルトはため息をつくと、耳元に小さく囁いた。
「…埒が明かんな。仕方ない、少々乱暴だが、我慢しろ」
「待て、ちょっと待て」
今までも十分乱暴だっただろう、相手の悲鳴は聞こえないふりで、予防線とばかりにその口を塞ぐ。そしてそのまま、手の中の性器をぬめりごと思い切り扱いてやる。ひゅ、と細く喉が鳴った。
「っ、…あ、ア、…!!」
ぬるり、ぬるり、と。指先を上下させる度に、堪え切れぬ情欲が、滴となってしたたり落ちる。熱い、熱い、と彼がうわ言のように呟くのが聞こえた。やめてくれ、サラマンダーが、ああ、ああ、もう、辛い。ぐずぐずと、彼の理性も崩れてゆくのが判る。
「そのまま、灼かれて、しまえ」
「あッ、あッ」
逃げたがる腰を抱いて、さらに激しく扱いてやれば、ほどなくして背をしならせ、短い悲鳴が上がった。
「あ、…アーチ、ボルト、…アーチボルト…っ」
いつもは皮肉か、相手を誑かす甘言しか出てこない唇から、艶めかしく己を呼ぶ声がする。
「あ、ァ、…うう、…もっと、…たのむ、から、」
「判っている」
己の口からも、もはや余裕のない一言が漏れるだけ。時間が、もうあまりない。そろそろ。グイズノーとの約束の時間だ。
「時間がない、のは、…」
「?」
「…もどかしい、な、」
ふと呟いた言葉に、相手が何か言おうと唇を開閉させる。
「お、前、らが、…生き急ぐの、が、…悪い。もどかしい、のは、…こっち、だ…」
「…それは、悪かったな」
話の食い違いにはあえて何も言わず、終わりを促すように、一際奥まで貫いた。甘い悲鳴をあげて、抱いた身体が悶える。
「あ、アーチ、ボルト、」
「…なら、今は、せめて溺れるがいい」
「うッ、うあ、あァ!!」
「安心しろ、…ずっと、こうしててやるから」
いつか来る、別れの日まで。最後の言葉は口に出さず、アーチボルトは唇を歪めて笑う。そして抜きかけた幹を、再び深々と突き刺した。
「やあ。満足できました?」
「ああ、それなりに」
「………………………」
「まぁ、三十分越え少々というところですが、良しとしましょう。先ほどの約束は、お忘れなく」
「判っている。オランに帰ったら、な」
「………………………」
「で、さっきからそっちのエルフは何でだんまりなんですか?腰が立たない?中が気持ち悪い?…あ、もしかして物足りなかったですか?」
「お前たちとは!もう絶対見張りなどせん!!」
エルフはそのままずかずかとテントに戻って行くと、そのまま、明け方まで出て来なかった。彼の当番だった見張り番は、結局アーチボルトが引き継ぎ、絡んでくるグイズノーを朝まであしらうのに苦労した、とか。
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