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 16    いたしかたなく
更新日時:
2010.05.11 Tue.
 
「さむい」
 
 急に、隣に寝ていた男がガバリと身を起こす。うっかり、それに釣られて目を覚ましてしまったアーチボルトは、寝起きの不機嫌さで低く呟いた。
 
「…スイフリー…真夜中だぞ…」
 
「仕方ないだろう。さむいものはさむい」
 
 こちらもぼそぼそと低い声で囁きながら、薄い上着を引き寄せる。テントの中とはいえ、夜は冷える。特に、地面からの冷気は毛布が無ければ防げない。
 
「このままでは、朝までに氷漬けエルフになってしまう」
 
「…夏には重宝されそうにゅ…」
 
 寝言のような調子で、今度はグラスランナーが呟く。うるさい、とアーチボルトは一言言ったが、聞こえていたのか、どうなのか。
 
 
 
 
 旅の道中である。先日、とある事件の報酬で莫大な金を手に入れたパーティーは、新たな装備を試すついでに、簡単な依頼を引き受けた。近くの村まで預かり物を届けるという、宿の主人の個人的な頼みだ。日程は1泊2日、僅かばかりの金銭と、半月分の朝食無料と、義理と人情がその報酬である。普通なら、駈け出しの冒険者が受けるようなその仕事にも、パーティーは寛大だった。
 
「よくアーチーがこんな仕事受けたよねぇ、はとこ」
 
「何を言う、はとこの子。私達は人間社会の義理というものを果たすために出かけるのだ。
 決して魔法の武器の切れ味を試したいからではない」
 
「…ああ、そういうこと」
 
「そうそう。いざという時、装備に不備があってはまずいですからね。
 こういう簡単な仕事の時に、チェックしておかないと」
 
「不備なんて無いっしょ。オレら、店の親父が目まん丸にするぐらい、武器買い漁ったにゅ」
 
 だが、意外なところでその「不備」が発覚する。野宿する段階になって、背負い袋を探っていたレジィナが「あ」と声をあげた。
 
「…毛布が、足りない」
 
「えっ」
 
「そういえば、この前の旅で、帰りに狼に襲われて駄目にしたような…」
 
「何枚足りないんだ?」
 
「3枚」
 
「…2人は見張りに立つから、2枚はいいとしよう。それでも、あと1人分足りんな」
 
「マントか何かで凌ぐしかないにゅ」
 
「さて、誰が犠牲になりますかね」
 
「ねぇ、あの時、狼に荷物齧られたの誰だったかしら?」
 
「はとこ。」
 
 その一言に、全員が一斉に一人を見る。
 
「…じゃあ、お前だな」
 
「え、…わ、わたしかッ!?私が悪いのか!?毛布を買い足すのを忘れていたのは、全員同じだろう!」
 
「大丈夫ですよ、スイフリー。もう大分、温かくなって来ましたから。テントの中で凍死なんて間抜けなことにはなりませんって」
 
「はとこ、これが『装備の不備』って奴にゅ。諦めるにゅ」
 
 
 
 そして、現在に至る。
 
「…喉でも痛めて、精霊さんの力を借りれなくなったらどうするんだ…」
 
 ぼやくエルフの声が聞こえる。オランまであと半日なのだから、そんな心配もあるまい、とアーチボルトは思ったが、黙っていた。眠かったので。
 今のところ夜は平和に経過していた。テントの外では、見張り当番の女性陣二人が、時折くすくすと笑うのが聞こえる。規則正しく豪快な寝息を立てているのは、一番端に寝ているグイズノーだろう。その隣には、むにゃむにゃと何事か呟くパラサ、アーチボルト、そしてスイフリーである。
 
「…はっ、あんなとこに怪しい人影…と思ったら…精神力+4の…はとこ、…にゅぅ…」
 
「こ、このはとこのひ孫…ッ!」
 
「…やめろ、寝言だ」
 
「そうにゅ〜…、寝言にゅぅ〜…」
 
「起きてるじゃないか!」
 
「…だから、やめろと言ってるだろう。私を挟んで揉めるな」
 
 眉間に皺を寄せつつ、アーチボルトは寝返りを打つ。自分とエルフの当番は明け方だ。それまで、もう少し睡眠を取る必要がある。
 
「お前も、寝ろ」
 
「…自前の上着だけで、寝れるか。寝れるならとっくにそうしている」
 
「じゃあ、こうすれば良いにゅう」
 
「…やめろ、パラサ」
 
 右隣の小柄な体躯が、ぎゅっとしがみついてくるのを感じ、アーチボルトは眉間の皺を深くした。寝惚けていなければアーチブレイドが唸っているところである。
 
「アーチー、寝相はいいから湯たんぽにはぴったりにゅう」
 
 堅くてでっかいのが玉に傷だけど、とパラサ。眠いながらも、アーチボルトはとりあえず不埒なグラスランナーに鉄槌を下しておく。首を捻って逃げ回る子供のような頭に、ぽかりと一撃食らわしたところで、はぁ、と小さいため息が聞こえた。
 
「…いたしかたない」
 
「?」
 
 毛布の左側がめくれたかと思うと、今度は冷え切った体が隙間に滑り込んでくる。毛布を手繰り寄せて自分で暖を取る相手に、さすがのアーチボルトも呻いた。
 
「…寝苦しいぞ…スイフリー…」
 
「我慢しろ。私は寒い。眠れない。精神力が回復しない」
 
「昨日は魔法を使ってないだろう…おいパラサ、毛布をこっちにも寄越せ」
 
「あっ、寒いにゅう」
 
 毛布の引っ張り合いの末、お互いになんとか自分の体を覆う分を確保すると、自然と子供のように体をくっ付け合って眠る格好になっていた。憮然と、エルフが呟く。
 
「…まったくもって、不本意だ…」
 
「やめろ、耳元で喋るな。…お前も腹の辺りで笑ってるんじゃない、パラサ」
 
「わ、わらってないにゅう」
 
 くくく、という振動が体越しに伝わってくる。不本意なのは、アーチボルトも同じだった。エルフはともかく、なぜこの自分がグラスランナーと同じ毛布で密着して眠らねばならないのだろうか?しかも、両脇から挟まれている分、身動きできない。横を向けば、間近にエルフの長い耳が見える。相変わらず長い。この眠いのに。
 
「……いてッ!おい、引っ張るな、アーチボルト!」
 
「うるさい。お前の耳が長いのが悪い」
 
「お前も寝惚けているだろう!?」
 
「…誰のせいだ」
 
 アーチボルトはぼそぼそと呟くなり、目を閉じた。不平を連ねる相手の声が聞こえたが、気にしないことにした。いたしかたない。旅は長いのだ。このような事態もあるだろう。全くもって不本意だが。
 
 夜明けにはまだ、少しだけ遠かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
すごく眠い時に書いたような記憶が。
男テント女テントで別れて寝ているらしい。
 


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