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 17    ガメル銀貨とグラスランナー
更新日時:
2010.05.01 Sat.
 
 
面白いことを探して西へ東へ。
そんな旅の中でも、今日の出来事は一級品。
 
 
 
 
 
「やあ、遠い親戚」
 
「やあ、遠い親戚。……いや、親戚か?」
 
 金髪のエルフが、こちらを見下ろして首を傾げる。珍しいものを見るような目だ。
 
「グラスランナーがそんなに珍しい?」
 
「初めて見た」
 
「ふーん。…それより、追い掛けて行った男はどうしたにゅ?」
 
 エルフは組んでいた腕を解き、目の前の屋敷を指さす。
 
「消えた。この屋敷に入っていったのかもしれない」
 
「なるほど。それは怪しいにゅう」
 
「…しかし、先ほどの男の行動は、違法行為では無かったのだろうか」
 
 エルフは生真面目に考えている。今度はパラサが首を傾げた。
 
「そんなこともないんじゃない?」
 
「だが、他の人間は追い掛けて来ないではないか。
我々なら、仲間を傷つけて逃げて行く者があれば、絶対に捕まえる」
 
「…エルフの里でそんなことする命知らず、いないっしょ」
 
 表札の名前を確かめてから、パラサはとりあえず提案する。
 
「一端、さっきの場所に戻ってみない?怪我してたおっちゃん、他の人間に介抱されてたにゅ」
 
「そうすべきか。…全く、人間の世界はよく判らない」
 
 エルフはぶつぶつと呟いている。
尖がり耳を揺らしてすたすた歩いて行く後ろ姿を見ながら、パラサは思う。
 面白い。この遠い親戚は、何か気になる。何か、面白いことになる予感がする。
 
「ねぇねぇ、兄弟」
 
「兄弟?…それほど近い親戚じゃないだろう」
 
「じゃあ、いとこ?」
 
「再従兄弟ぐらいだ」
 
「じゃあ、はとこ。名前なんていうん?」
 
「『 』……じゃない、ええと、『スイフリー』だ」
 
「はとこ、エルフ語抜けてないにゅう」
 
「ほっとけ」
 
 少し顔を赤くしながら、そういうお前は何なのだ?とエルフが問う。パラサも笑って答えた。
 
「俺、パラサ。見ての通りのグラスランナーにゅ」
 
 
 
 
 
「…グラスランナーだとぅ?」
 
 あからさまに嫌そうな顔で男が顔を顰める。パラサは、わざとにっこり笑って「よろしくにゅ」と返してやった。グラスランナー嫌いの人間というのは結構いるので、今さら驚かない。
 
「まぁまぁ、そんな顔をするものじゃありませんよ、アーチー」
 
「…私をアーチーと呼ぶな。アーチボルトと呼んでくれ」
 
「では、アーチボルト。彼らだって生きているんです。オケラだってミミズだってグラスランナーだってみんな友達ですよ」
 
「さり気無く虫と同列に置かれてるよ、パラサ」
 
「一番失礼なのはこの男よね」
 
「では、最後は私だな」
 
 がたりとエルフが立ち上がると、全員が彼を見た。軽口を叩いていた神官も、眉を顰めていた戦士も、ふとそのほっそりとした立ち姿に目を奪われる。
 
「エルフのスイフリーだ。精霊と話すことができる」
 
「へー…格好いい…」
 
 人間の少女が素直な感嘆を漏らす。全くその通り、とパラサも心の中で頷いておいた。
 
「里から出たばかりで、あまりこちらの世界のことは知らない。よろしく頼む」
 
「ちなみに、何歳なの?あなた」
 
「まだ100と40を数えたばかりだ」
 
「140ッ!?」
 
「いやぁ、やはりエルフですねぇ」
 
「ねぇねぇ、じゃあ、エルフ語って話すの?どんなの?」
 
「………そんなにエルフが珍しいのか、君達は」
 
「珍しいな」
 
 アーチボルトがぼそりと呟いた。既にエルフから視線を外してはいるが、やはり気になるのか、時たまちらりと対面を見る。
 
「本物は初めてだ。書物で読んだことはあるが」
 
「なるほど。私も里を出るまでは、人間を見たことが無かった。その物珍しさと似たようなものかな」
 
「まぁ、何か聞きたいことがあれば、何でもわたくし達にお聞きなさい。
 何せ、私は知識神ラーダ様の信徒。あなたの疑問にもお答えできるでしょう」
 
「ふむ。そうか」
 
 ならば、一つだけ。カウンター席で、彼ら6人の話がまとまるのを待っている監査委員をちらりと見て、エルフは疑問を口にした。
 
「この、通貨というのは、君達にとって何なのだ?」
 
「へ?」
 
「通貨、っていうと…つまり、お金?」
 
「そうだ。それだけ知りたい。人間の世界は、労働の報酬をこれで払うのだろう?
これは、君達にとってどれだけの価値のあるものなのだ?」
 
「…そうきたか…」
 
 全く想像していなかった方向からの疑問に、人間4人は考え込む。パラサは、思ったことを正直に口にした。
 
「それがあると、ふかふかのベッドに寝れて、うまい飯が食えるにゅう」
 
「実に、グラスランナーらしい知性の欠片もない解答ですね」
 
「え、でも間違ってはいないんじゃない?つまり、生活するのに欠かせないものって意味でしょ」
 
「でも、それだけじゃないわねぇ。これのせいで、争い事や人殺しが起こったりするし」
 
「…生活に欠かせないものであり、争いの種になるもの…?…よく、わからんな…」
 
「まぁ、無いよりは有る方が確実に良いものですね。その証拠に、持たざる者よりも持つ者の方が女性にモテます」
 
「…?…?」
 
 ますます、よく判らないという顔でエルフが眉を寄せる。それまで黙っていたアーチボルトが、ため息をつきながら言った。
 
「…物の価値を、客観的に判断するための基準だ。通貨自体に何か価値があるわけではない」
 
「おお」
 
「今までで一番まともな解答」
 
「…通貨自体に、価値はない?
では、人間は、本来価値の無いものを有難がってやり取りしている事にならないか?」
 
「これ自体に価値は無くとも、人間の世界では通貨を介して様々なものを手に入れることができる。
例えば、食糧、衣服、住居、…」
 
「女性もね」
 
「…あんたは黙ってなさいよ、破戒坊主」
 
「……つまり、通貨に宿る『価値』を 信奉していると言い換えて良い」
 
「通貨に宿る、『価値』…」
 
「そうだ。そしてその価値は、自分の属している国…コミュニティが崩壊でもしない限り、永続的な価値を持つ。子孫に受け継ぐこともできる」
 
「なるほど……」
 
 エルフは、何度も頷きながら指先に取りだしたガメル銀貨を眺める。その瞳はきらきらと好奇心に輝き、まるで子供のようにも見える。パラサは、堪え切れずにくすくすと笑った。
 
「はとこ、疑問は解けた?なら、そろそろ自己紹介タイム終わりにゅ。
 さっきから、クナントンがお待ちかねにゅ」
 
「そ、そうだったな」
 
 その一言で、他のメンバーも我に返る。パラサは、手を挙げて依頼人を呼ぶ(暫定)リーダーを見ながら、やはり自分の勘は間違っていなかった、とほくそ笑んだ。面白い。実に面白い面々が集まった。この好奇心旺盛なエルフは勿論、グラスランナー嫌いの戦士も、破戒坊主も、人間の少女も、女魔術師も、皆それぞれ個性的。しかし、何故か息はぴったりだ、まだ会ったばかりなのに。
 これほど楽しそうなパーティーは、長い放浪生活の中でも、ちょっと経験したことがない。
 
(しばらくは、このパーティーで仕事してみるのも面白いかも、にゅう)
 
「それでは、仕事の話を始めようか。
…改めて。私は、賢者の学院で監査委員をやっている、クナントンと―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
パラサから見た初期のはとこ。
最初は純真だったのに…ねぇ…(笑)
 
 
 


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