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 19    蜘蛛の糸は見えずとも (5)
更新日時:
2010.04.28 Wed.
 
「っぐああぁあぁぁ!!」
 
 不浄なる者を浄化する、眩い神の光。それに瞳を焼かれ、そして己の本質たる闇をも削られて、亡霊は悲鳴を上げる。操られた身体がぐらりと傾ぎ、その手の剣を取り落とすと、密度の濃い煙のようなものが、エルフの口から吐き出された。亡霊が裸になるその時を、アーチボルトは逃さない。
 
「…でェい!」
 
 一閃。実体のない亡霊をも、アーチボルトの魔剣はざっくりと切り裂く。弱体化していた司祭の霊は、引き絞るような悲鳴をあげたかと思うと、霧のように霧消した。
 
 
 
 
 
「……全く。あなたも無茶しますよね」
 
 呆れたような声と共に、見慣れた顔の司祭が扉の影から姿を現した。
 相も変わらずのふくよかな身体は、まだ旅装に包まれたままで、彼が城につくなり駆け付けてくれたことは、容易に想像できる。アーチボルトは、素直に礼を述べた。
 
「悪かったな、グイズノー」
 
「いいですけどね。あなたもズンバラリンされずに済んだようですし。
…そっちのエルフは無事ですか?」
 
「大丈夫みたいにゅ」
 
 いつの間に入って来たのか、パラサが寝台の上のスイフリーをつつきながら言う。びしびしと容赦なく額を弾かれ、「うう、」と低い呻き声を上げるスイフリーに、あ、生きてる生きてる、とパラサは呑気に呟いた。一気に、アーチボルトも力が抜ける。
 
「止めてやれ、パラサ。一応今回の被害者だ」
 
「え?夜這いしてきたのははとこの方じゃなかったっけ?」
 
「…そういう精神的被害も含めてだ」
 
「はっはっは。公言してはいけませんよ、パラサ。いくら相手の反応が楽しかろうとからかい甲斐があろうと、フィリスに知れたら地獄を見ますよ。主にアーチーが」
 
「じゃ、やっぱおれらには関係ないにゅう」
 
「おや、確かにそれもそうですね」
 
「い・い・加・減・に・し・ろ!」
 
 二人をそのままズンバラリンしたい衝動を抑えて、アーチボルトは愛剣を鞘にしまう。やっと厄介な相手を倒したというのに、ため息をつく間もない。
物音を聞きつけ、助けを呼びに行ってくれたパラサには感謝しているが、全く、間の悪い時に目が合ったものだ、と思わずにはいられない。なぜ、よりにもよって寝台の上で、不可抗力とはいえ男同士愁嘆場を演じているところを見られなければならないのだろうか。扉の隙間から覗くパラサの目に気付いた時は、色々な意味で終わった…、と心が折れそうになった。まぁ、あれをただの愁嘆場だと見逃さず、仲間を呼びに行った辺り、パラサもスイフリーが普通でないと、気が付いたのだろうが。
 
「そうそう、そういえば、ここにつくまでにダークエルフ一味の死体を見かけたんですよね。
 多分、あなたがたの誰かが返り討ちにしたのだろうと思ってましたが…いや、まさか、スイフリーが女の亡霊に取りつかれてるとはね」
 
「女?」
 
「おや、言ってなかったんですか、パラサ。あなた方の倒したダークエルフのリーダーが、女だってこと」
 
「え?そうなん?」
 
「…………………だからか…」
 
 今度こそ完璧にアーチボルトは脱力した。
なるほど。だからか。それでああなったのか。確かに、あれが女だったらと考えると、納得がいく。それなりに自然な展開だ。がっくりと座り込むアーチボルトに、ご愁傷様、とグイズノーが呟いた。
 
 
 
 
 
 あくる朝、目を覚ましたスイフリーを待っていたのは、「大丈夫?」と心配顔に尋ねる女性陣と、何故かぎこちないアーチボルト、…そして、笑いを堪えるのに必死な神官とグラスランナーの姿だったそうである。
 
「…一体、どうしたんだ、皆で」
 
「どうしたんだじゃないわよ、もう!心配したんだから!」
 
「え?」
 
「どうやら、貴方はやはり呪いを受けていたようなのです」
 
「そ、そうなのか?」
 
「そうよぅ。昨日、どうして私の魔法に反応しなかったのかは判らないけど…とにかく、心配したんだから。
ちゃんとグイズノーにお礼言いなさいよね。こっちに着くなりあんたのこと看てくれたのよ」
 
「あ、ああ…」
 
「礼には及びませんよ。…色々面白かったですし」
 
「そうそう、にゅ。ねぇアーチー?」
 
「…………」
 
 アーチボルトだけは一人、ぎこちなく顔を逸らした。言えない。とてもではないが言えない。…まだ、昨日の相手の声が耳に残っていて、まともに顔を見れないなどと。
 
「それは済まなかった。迷惑をかけたな」
 
「いや、…別に、何も」
 
 やっとそれだけ呟くアーチボルトを、エルフは不思議そうな眼で見る。
 頼むから、そんな目で見ないでくれ、とアーチボルトは胸の中で思う。まるで、見えない罠にでも嵌った気分だ。考えまいとすればするほど、昨夜の記憶が蘇る。…柔らかな唇の感覚まで鮮明に。
 
(…やはり、女というのは恐ろしい)
 
 執念深く絡みつく蜘蛛の糸のように、胸の奥にへばりつく記憶。無理矢理に気がつかされた微かな思い。
 呪いをかけられたのは己の方だったのかもしれぬと気付いたが、もう遅い。アーチボルトの苦難は、まだ始まったばかりであった。
 
 
 
 
そんなわけで、アーチーもやもやするの巻。
スイフリーが気づくのはいつになるのか。


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