Novel
一応メインコンテンツ。



 20    蜘蛛の糸は見えずとも (4)
更新日時:
2010.04.28 Wed.
 
 アーチボルトの内心を知ってか知らずか、ふいに相手は目を逸らした。
 
「…やはり、信じてはもらえないか」
 
「いや、そういうわけでは」
 
ない、と否定してから、ならば納得しているのかと自問する。それも否だ。あまりに性急すぎる。そして、唐突すぎる。もし、…仮に、先ほど吐露したような寂念を彼が抱えていたとして、それをこんなにもあっさりと告白してしまうものだろうか?
 
(…否。それは断じて否だ)
 
おそらく、彼の自尊心がそれを許すまい。
 それならば、先ほどの告解は?彼らしくない行動の理由は?
 
「…スイフリー」
 
 一瞬の葛藤の後に、アーチボルトは相手の名を呼んだ。こんなことを聞くのは、彼の気持ちを疑うようで心苦しかったが、胸の内に芽吹いた疑問の種を、放置しておける性分でもなかった。
 
「なぜ、私なんだ。私でなくとも、誰か他に相応しい相手がいるのでは?」
 
「アーチボルト。君は、仲間の誰にでも、自分の弱みを話せるか?」
 
「…いいや」
 
「わたしも同じだ。格好をつけておきたい相手もいる。…しかし、本心を知って欲しい相手もいる」
 
 細い手が、己の利き腕を取って胸へと導いた。唐突なそれに驚く間もなく、密やかな鼓動が薄い布越しに伝わってくる。
 
「それが君だ。他の誰でもない」
 
「…そんな、」
 
 じんわりと、掌に体温を感じる。温かい。この手を取れば、そのぬくもりを手にすることもできるのかもしれない。だがしかし、本当に、それは彼の真意なのか。
 
「お前らしくもない、…冷静になれ」
 
「短慮と責められれば、頷くしかないな」
 
 だが、信じて欲しい。再び、闇の中で美しい青蒼の瞳が自分を映す。
 
「大切なんだ、君が。他の誰より、幾万の銀貨より」
 
「……………」
 
 アーチボルトは、沈黙したまま下を向いた。何かを考えこむようなその様子に、エルフは不安げに眉を寄せる。男の武骨な手を、強く抱いた。
 
「…アーチボルト、」
 
「ふふ、」
 
「?」
 
「…ははははっ」
 
 
 
 
 突如笑いだした男を、相手は呆気にとられた表情で眺めている。それを見て、アーチボルトは一層笑いを深めた。
 
「おかしいと思った。あのスイフリーが、そう簡単に自ら砦を明け渡すものか」
 
「…どういう意味だ」
 
「そのままの意味だよ、偽物め。…いや、ファラリスの暗黒司祭殿だったかな」
 
 利き腕を取り戻し、アーチボルトは再び剣を握る。寝台の上、動けぬ相手の首筋に、冷たい刀身を突き付けた。
 
「幾万の銀貨だと?…馬鹿め。そんなはした金、あいつが譬えに出すものか」
 
 我々を誰だと思っている。アーチボルトは不遜に言い放つ。バブリー・アドベンチャラーズ。全く不本意極まりない通称だが、端的に自分達の成功を表している。即ち、金。財力。他の冒険者達とは次元の違うその力。
 
「金は金だ。それ自体に価値はない。本物のスイフリーならそう言うだろう。
 大切なものと比べるべくもないと。…残念だったな」
 
「…………」
 
 突き付けられた鋼の冷たさに、相手はすいと目を細めた。先ほどまでの縋るような眼はどこへやら、氷のように冷たい視線がアーチボルトを刺す。やはり、己の直感は正しかったと、アーチボルトは確信した。
 
「言え、あいつをどうした」
 
「…ここに、いるじゃないか」
 
「まだ言うか」
 
 化けの皮はもう完全に剥がれている。なんと往生際の悪い、と眉根を寄せるアーチボルトに、今度はくすくすと相手の方が笑いだした。
 
「…だから、ここだよ。この身体だ。お前の言う、『本物』とやらは」
 
「なにっ?」
 
「気が付いていなかったのか?」
 
 自らの手を胸に当て、エルフの身体を借りる何者かが、冷たく笑う。
 
「『わたし』はこのエルフに殺された。だから、少し体を借りたのさ。
 ついでに仲間も殺してやろうと思ったが、…意外に感が鋭いのだね、ウィムジー卿?」
 
「貴様…」
 
 アーチボルトは唇を噛む。相手の言葉を信じるなら、身動きが取れぬのはこちらの方だ。既に一人、仲間を人質に取られているようなもの。なるほど、だからこそ相手は、武器も無しに堂々と自分のところに乗り込んできたのだろう。
 
「さて、…動かないでもらおうか」
 
 このエルフの命が惜しければ。首元の刃を外させ、相手は口元を歪める。抑えきれぬ殺意の覗く、邪悪な笑み。それを、よく知る男の顔に浮かべられ、アーチボルトの不快感はいや増した。
 
「そんな顔をせずとも、お前達は全員ファラリス様の御許へ送ってやるよ。
 仲間を殺したら、最後はこいつだ」
 
「…下衆め」
 
「褒め言葉かな?」
 
 ありがとう、などと嘯きながら、相手が奪い取った剣をこちらに向ける。彼の体格でそれを振り回すのはきつかろうが、動かない的の中心に、至近距離で刃を突き立てるぐらいは造作もない。先ほどとは間逆の状況で、アーチボルトは相手を見上げた。
 
「…一つだけ聞きたい。一体、スイフリーに何の呪いをかけた?」
 
「何か、勘違いしているようだな。あいつに呪いなどかけていない。
 かかっているのは、簡単な探知の呪文だけだ」
 
「なんだと?」
 
「呪いをかけたのは我が身。死してなおこの地に留まり、復讐を果たすよう」
 
「………………狂信者め」
 
 相手を喜ばせるだけだと判っていても、アーチボルトは吐き捨てずには居られなかった。
 先ほどの謎もこれで解けた。相手は自らの魂を呪いで繋ぎとめ、不死者となってスイフリーの身体を乗っ取った。ホーントと呼ばれる悪霊の中には、生者を操る能力を持つものがいることを、アーチボルトは経験的に知っていた。
だが、それらのアンテッドは普通、偶然によって生まれるものだ。自ら望んで、しかも呪いを用いてまで悪霊となるなど、普通の神経で考えられるものではない。
 
「何とでも言うがいい。勝利するのは我々だ」
 
 覚悟。重たげに剣を構え直し、司祭の亡霊は刃を突き付ける。魔法の力を帯びた剣の切っ先が、髪に触れるほど近くにある。アーチボルトは逆らわなかった。ただ静かに瞼を閉じ、息を吐く。
 
「…やれよ」
 
 
 
 その瞬間、閉じた瞼の向こうを、眩い光が走った。
 
 
 
 
 
 
 
 
数万ガメルなんてきっとおこずかい程度だと思っているような気がする。


| Prev | Index | Next |


| Top | What's New | about | novel | treasure | link | mail |