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 22    蜘蛛の糸は見えずとも (2)
更新日時:
2010.04.27 Tue.
 
 その夜、アーチボルトは久々の自由時間を楽しんでいた。
 定期的に連絡を取り合っていた仲間から、来月の頭辺り、一度城に集まろう、と連絡があったのは一月程前。そろそろ、敵の追撃をかわす策を練るのにも飽きてきた所だったので、その申し出は正直ありがたかった。
 
「しかし、皆遅いな」
 
 呟きながら、すっかり日の落ちた窓の外を眺める。いつものように、元放蕩娘(現在進行形という噂もあるが)のフィリスと組んでいたアーチボルトだったが、どうやら、城から一番近い位置にいたのは自分達のペアだったようで、3日ほど前から城で待ちぼうけを食らっている。「休暇と思えばいいのよ」と笑って言うフィリスに倣い、彼もここのところご無沙汰していた読書を堪能することにした。
 
 だが、どうも今夜は文字を追うのに集中できない。そろそろ読書に飽きてきた、というのもある。・・・しかし、アーチボルトは、どうもそれだけではない気がした。虫の知らせ、とでも言おうか。彼もまた、パーティーのリーダーとして、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた戦士に違いは無く、時にはその勘が危機を知らせることもあった。
 勘違いならばそれに越したことはないが、手紙によれば、そろそろ他の仲間達が到着しておかしくない時期。何が起こっても、まず自分が冷静に対処しなければ。そう思いながら、視界の端にアーチブレイドVを捉えた瞬間、
 
「アーチーッ!!」
 
 ノックもなく、ばたんといきなり自室のドアが蹴り開けられ、見慣れた小柄な人影が、相変わらずのもの凄い速さで姿を現した。
 
「アーチーアーチーアーチー!ちょっと来てにゅう!」
 
「こら待てお前!久しぶりに会ったと思えば、人のことをアーチーと呼ぶなと何回言えば分かる!」
 
「そんなこと言ってる場合じゃないにゅう!」
 
 能天気なグランスランナーにしては珍しいことに、切羽詰った声で相手は言った。
 
「はとこがやられた!」
 
 
 
「・・・・・・と、さっきお前は言ってなかったか、パラサ」
 
 全力疾走で乱れた呼吸を整えながら、アーチボルトが呻くように言う。
 
「言ったにゅう」
 
 だって、本当のことやもん、とけろっとした顔でパラサ。相手の先導するまま、大慌てで大広間に駆けつけたアーチボルトが見たものは、「ひっかかったー!」と大笑いするフィリスと、困ったような顔のクレア、そして憮然とした顔のエルフ、スイフリーだった。
 
「・・・どうやら、先ほど、お二人は街道沿いでファンドリアの刺客に遭遇されたらしく」
 
「でねでね、スイフリーが最後転んで気絶したんだって!」
 
 生真面目に説明しようとするクレアに、フィリスが笑いを堪えながら付け加える。
 
「しかも、顔面からにゅ」
 
「違う!あれは転んだんじゃないと、何回言えば分かるんだはとこの子の子の子!」
 
「それはひ孫って言うにゅ」
 
 にやにや笑うパラサを、耳の先まで真っ赤にしたスイフリーが追いかける。・・・たしかに、よく見ると、この綺麗好きなエルフには珍しく、服に泥やら葉やらがついているのが見えた。
 
「あれには、オレもびっくりしたにゅ。本当にやられたのかと思ったにゅ」
 
「良かったじゃない、転んだだけで済んで。・・・あ、鼻の頭赤いわよ、あんた」
 
「だーかーらっ!!」
 
「・・・一体、そうじゃないなら、どうしたっていうんだ?」
 
 このままでは埒が明かない。アーチボルトは、疲れた顔でエルフに先を促した。ふと唇を引き結び、スイフリーがこちらを見る。
 
「・・・最後に、敵のリーダーらしき暗黒神官と対峙した。そいつが、何故か勝ち誇った顔で自害してみせたので、気になったんだが・・・しばらくしても、何も起こらないので、そいつに背を向けて歩き出そうとした途端、意識を失った」
 
「なるほど・・・それは気になるな。何かの呪いをかけられた可能性もある」
 
「ええっ、またぁ?」
 
 フィリスが整った眉を吊り上げる。以前、まだ彼らがこのストローウィック城をカルプラス伯より貰い受けるより以前、スイフリーは敵方の暗黒司祭から、ファラリスの呪いをかけられたことがあるのだ。その件に関わって以来、神殿での出世の道を絶たれ、パーティーとの腐れ縁が始まったクレアは、微妙な顔をしたまま黙っている。・・・そして、しばらくしてから、遠慮がちに口を開いた。
 
「・・・センス・イービル、おかけしましょうか?」
 
「いらんわぁ!!」
 
「いや、待て、落ち着け、スイフリー。場合によっては、本当にそれが必要かもしれんぞ」
 
 珍しく、益々エキサイトする参謀の肩を叩き、アーチボルトは言う。
 
「相手は、ファラリスの神官だったのだろう?なら、一見何の異常もないように見えて、呪いなり、厄介な魔法なりがかかっている可能性はある。・・・こういうのが得意なのは、本来ならグイズノーだが・・・」
 
「レィジナさんとグイズノーさんが到着するのは、予定では明日以降です」
 
「・・・だったな。では、仕方ない、フィリス」
 
「はいはい。えっと、とりあえず、魔法がかかってるかどうか見ればいいのよね?」
 
 言うなり、流れるような動作で、フィリスが印を切る。一瞬、彼女の指の指輪が光った。
 
「うーんと、ね・・・ちょっと、判んないからマジックアイテムとか魔晶石とか外してよ!」
 
「判ったから、早くしろ!どっちだ、かかってるのか、かかってないのか」
 
 がしゃがしゃと、凄い勢いで手袋やら装飾品やらを外しながら、スイフリー。その姿を、笑いながら見ていたフィリスは、しばらくした後、首を傾げて言った。 
 
「あれ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・微妙・・・」
 
「ま・じ・め・に・やれーッ!?」
 
「だって!本当に微妙なんだもん!なんか、あんた自身にはかかってない…ように見えるけどぅ・・・」
 
「・・・なぁ、はとこ。クレア姉ちゃんの前だからって、恥ずかしがることはないんやで。本当にただうっかり転んじゃっただけなら、素直に白状するにゅう」
 
「金輪際縁を切るぞはとこの子の子の子の子!!」
 
「・・・とりあえず、強力な呪いがかけられているわけではない、ようだな」
 
 嘆息して、アーチボルトは呟く。少々息を切らしながら、なら話は簡単だ、と当のエルフが息巻いた。
 
「フィリス、ディスペル・マジックだ。何の魔法か知らんが、これで話は解決する。グイズノーを待つまでもない。センス・イービルも必要ない」
 
「確かに、グイズノーなんかが聞いたらすごく喜びそうなネタだにゅう」
 
「・・・余計な事をバラしたら許さんぞ、はとこの子」
 
 睨み合う遠い親戚コンビに、フィリスが上機嫌に言う。
 
「じゃ、これで私はあんたに貸し1ね。今度アーチーを誑かす時手伝いなさいよ」
 
「本人を目の前にしてそこまで言えるのが、姉ちゃんのすごいとこだにゅう」
 
「・・・判った。判ったから早くしてくれ。アーチーが何と言おうがお前の言うとおりにしてやるから」
 
「いやおいちょっと待てそこ!」
 
「ならいいわ」
 
 顔を引き攣らせるアーチボルトを完全に無視して、フィリスがにこりと笑う。
 
「じゃあ、行くわよ、・・・」
 
 再び、不思議な言霊がフィリスの唇を滑り下り、美しい指先が宙を切って―――
 
『解呪!』
 
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・あれ?」
 
 しばらくして、沈黙を破ったのは、フィリスの第一声だった。ぱちくりと目をしばたかせ、指先を見つめる。嫌な予感に、アーチボルトは眉を顰めた。
 
「……まさか、失敗したのか?」
 
「ち、違うわよ!ちゃんとかかったってば!」
 
 でも手応えがないの、と主張するフィリスに、スイフリーはがっくりと膝をついた。
 
「・・・・・・今度こそ駄目かもしれん…わたし…」
 
「つまり、どういうことなのですか?」
 
「ええと、…やっぱり、こいつには何の魔法もかけられてないのよ。だから、解呪がうまくいかないの」
 
「しかし、センス・マジックにはひっかかる。…どういうことだ?」
 
「ま、弱い魔法なんしょ?今のとこ、特にどっかおかしいわけでもないし、グイズノー達が来るまで待ったら?はとこ」
 
 珍しくまともな意見を述べ、パラサはぴょいと椅子を飛び降りる。丁度その時、広間に安置された豪奢な置時計が、時を告げた。いつの間にか、真夜中に近い時刻となっている。
 
「・・・仕方ない。確かにパラサの言うとおり、今夜、これ以上できることもあまりないだろう。明日になれば、その呪いをかけられた、という現場を見に行くこともできるだろうし、グイズノー達も到着する。今夜は、私がついていてやるから、皆もう休め。・・・それでいいだろう?スイフリー」
 
「・・・ああ」
 
 不承不承、スイフリーも頷く。それを切欠に、その日はそれでお開きとなった。
 
 
 
 
 
 
 
クレアさんの必殺技はイリーナと同じ


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