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 4    野花をおとなう3(リレー小説:SBSさま&黒田)
更新日時:
2010.06.28 Mon.
 
 
夏が近いとはいえ、外で水を被るには寒い。折衷案として、沸かした湯で体を拭い、汗を落とすことにする。
「…待て、いきなり脱ぐな!今、着替えを出すと言っただろう」
「大袈裟だな、別にこれくらいで風邪をひいたりは、」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
つくづくずれた返答ばかりの相手に、半ば投げ付けるようにして布切れを渡す。
この男には羞恥心だの常識だのといった歯止めはないのだろうか。それとも彼にそんなものを期待する己が悪いのだろうか。はたまたもしかすると間違っているのは、同性にこんな気恥ずかしさを覚える自分なのだろうか。どれだけ考えても無駄に変わりはないだろうと、溜め息を吐いて衝立を引き寄せる。
「使い終わったら、着ていたものもまとめてそこに出せ。…着替えはその棚から好きに使って良い。終わるまで、こちら側には来るなよ。見るのも止めてくれ」
「おや、何故だ」
「…聞く暇があったら早く終わらせろ!」
前にも、こんなやり取りをしたような気がする。目眩がするほどの既視感に頭を抱えたくなりつつも、急かすような言葉を掛けた以上自分一人がぼんやりとしているわけにもゆかない。薄い衝立一枚の向こう、身動ぐ彼の気配を感じながら、解いた腰帯を傍らに畳む。
(…何だって、わたしは、こんな面倒な人間と)
胸中に呟く。言葉の先に何を続けようとしたか、もう自分にもよくわからない。椅子に腰掛け、濡れた布で足先を拭う間に、自分達は互いのどこを気に入ったのだろうと何気なく考える。
 
 
肌着を脱いで折り畳み、投げ渡された布を湯に浸け、絞る。簡易な湯浴みだが、元々旅暮らしの長い身、あまり気にならない。1日の仕事を終えた体に、絞った布の温かさが心地よく、アーチボルトは上機嫌だった。
いつの間にか、日はとっぷりと暮れていた。森の夜は暗い。月の光は木々に遮られ、その足元に届くこともない。小屋の外は闇の世界だ。もはや、人は内に篭もることしかできない。
(前に置いていった酒、あれがまだある筈だな)
鍛えた肩に布を滑らせ、アーチボルトはつらつらと考える。夜ともなれば、やはりこれしかない。エルフの友人はあまり酒を嗜まないから、きっと以前置いて行ったそのままに、瓶はしまわれているだろう。
「なあスイフリー、あの瓶はどこにやった?」
何気なく、衝立の向こう側を覗き込めば、白い項が目に飛び込んで来た。相変わらず、細い体だ。肌も白い。彼の友人たる精霊に、彼自身もよく似ている。
 
 
「お前がこの間置いていったものか?あれなら、まだ台所に…」
あったはずだが。そこまで口にしかけて、衝立越しにばったりと視線が合った。
悪びれる様子もなく、まじまじと己の裸体を眺める彼の姿は、呆れを通り越していっそ清々しい。
「…何を見ている?」
「この状況でお前以外に誰を見るのだ?」
「…わたしが聞いているのはそういうことではない」
「そうか。まあ、それはともかくとして」
実に平然としている。書き付ける帳面とペンでも持たせたら、今にも観察記録を付け始めそうな顔付きだ。
「前々から細いとは思っていたが、また少し痩せたのじゃないか。だからあれ程食べる量を増やせと言ったのに、素直に人の忠告を聞かんから」
「うるさい」
乾いた布を頭からすっぽりと被る。露骨に残念そうな男の顔に、いっそシェイドでもけしかけて眠らせてしまおうかと良からぬ考えが浮かぶ。些末な争いに友人の力を借りることが、それこそ大人げないとわかってはいるのだが。
「アーチボルト。…今から一人で夜営したいと言うのなら、そのまま存分に見てくれても構わんが。…もしわたしが言った言葉を覚えているなら、大人しく後ろを向いて、わたしが良いと言うまでこっちを見るな。…話しかけるのも止めろ」
なめらかな舌の動きに反して、己の顔がこれ以上ないほどに引きつっていることは、鏡を見ずともよく理解できた。
 
 
「む」
何やら相手の機嫌を損ねてしまったらしい事は、さすがの己にも判った。だが、原因は?
(気難しい奴だ)
本人が聞いたら、すぐさま家を追い出されそうなことを思うアーチボルトである。何がいけなかったのか、…やはり、体格のことだろうか。彼も(一応)男であるのだし、細いと言ったのは不味かったか。
「……」
「……」
しばらく互いに背を向け、当初の作業に集中する。何と言い繕うか考えつつ、着替えを手に取ったアーチボルトは、ふと眉を顰めた。
「……」
サイズが合わない。広げたシャツは明らかに肩幅も胴回りも小さく、無理に着れば破れてしまいそうだった。
考えてみれば当たり前のことで、この家にあるのは、自分より一回りサイズの小さいエルフの衣服ばかりなのだ。先ほどの貫頭衣も、彼が箪笥の奥の奥から引っ張り出してきてくれた、貴重な規格外品だった気がする。
「なぁ、スイフリー…」
「黙れ」
さっさと着替えろ。取り付くしまもない相手の様子に、アーチボルトは唸る。とりあえず、下は履けたものの、上は無し。これでは何ともだらしない。
「おい、スイフリー」
「……」
「スイフリー、こっちを向いてくれ」
「……」
エルフは無言だ。その内、衣擦れの音が止み、衝立の陰から出て行こうとする気配がして、アーチボルトも少々焦った。
「待て」
逃げかけたその肩を、逞しい手で掴む。
「行くな。細いなどと言って悪かった、ただ、……きれいだと思って、」
正直に思ったことを言ってしまってから、ああ、まずい、と頬をひきつらせる。神経質そうに、後ろを向いたままの薄い肩が、ぴくりと揺れた。
 
 
「見え透いた世辞はよせ。お前に誉められても背筋がむず痒くなるだけだ」
振り返るのも苛立たしい。
どこか焦ったような語調も意に介さず、肩に置かれた片手を振り払おうとする。
あくまでもそうしようと身を捩るだけで、実際はまるきり逃れられていないことには、この際目を瞑る他にない。要するに、意思表示の問題だ。
「スイフリー、頼む。私の話を聞いてくれ」
「うるさいと言っている」
この上何を言い訳するつもりなのか、いつになく彼の声は悲愴に響く。今になってそんな声を出すくらいなら、初めから馬鹿な真似を仕出かさなければ良いだけだろうに。こうなれば一度はきつく言わねばなるまいと、仕方なく、嫌々、彼の方に顔を向ける。
「…何をやっているんだ、お前。そんな格好で」
目の前に立っていたのは、上半身が裸、下は明らかに丈の合わない衣を纏った、何とも所在無げな顔付きの友だった。平時は騎士装束に馴染み、贔屓目で見れば紳士に見えなくもない髭面も、今の惨状では、並み居る賞金首が泣いて逃げ出すような悪人顔である。
「借りた、シャツがだな」
ご丁寧に、するすると胸板の前で広げてみせる。
「丈が合わん」
「…ああ」
良く見ると、辛うじて布地に隠れている下半身もひどい有り様だ。一回り以上も違う体格の衣服を身に付けるのはさぞかし難儀だっただろう、胴回りも膝頭も、内側から弾け飛びそうなほど張り詰めている。
「…その…アーチボルト、…何と言うか…」
どう考えてもこの場合、非があるのは己の方だった。
「…済まん、気付かずに。今、代わりを用意する」
 
 
「いや。私も気付かなかった」
ぴちぴちのズボンを身に付けたまま、しみじみとアーチボルト。
「間違えて十五の頃の服でも着た気分だよ」
「十五?冗談だろう。いくら人間とはいえ…」
「いや、十五か十四か判らんが、私で言うとその頃のサイズだな」
「……化け物並みだぞ、その成長速度」
軽口を叩きながら、箪笥を探る様子はいつもの友人のそれで、アーチボルトは密かにホッとした。さすがにこのまま放置されては悲しすぎる。
「今度から、私の服も置かせてくれ」
「それをすると、パラサまで私物を置こうとするだろう。…と言うか、お前たちは、何を好き好んで私の所に来たがるのだ」
「何って、」
エルフの背後で腕組みしたまま、アーチボルトは不思議そうにまばたきする。
「お前に会いたいからに決まってるだろう」
 
 
「…まったく。友達思いな仲間を持って、大変わたしは幸せだよ」
「混ぜっ返すな。私は本気だぞ」
「わかってる」
分かっているのだ。死線を共に潜り抜けた仲間達が、口ではどう言え、己のことをどのように見てくれているのかは。彼等の情に報いるために、本当は、どうしたらいいのかも。
…それでも、理解していることとそれを為すことの間には大きな隔たりがある。
丁度、己と彼等の間に、時の流れという隔絶が横たわっているように。
「…ほら、あったぞ」
引出しの奥にしまい込んでいた揃いの服を、やっとのことで引きずり出す。少しばかり生地が古いが、彼の体躯にはどうにか合うだろう。見繕った衣服と引き換えに、丈の合わないものを受け取り、もとあった場所へ戻せばどうにか二人とも格好がついた形になる。
「済まんな」
「いや。こちらこそ」
ようやくまともに見られる衣服を得て、男が安堵の息を吐く。良く良く考えれば二人とも、情けない真似をしたものだ。いつまで経っても格好のつかない彼と己に、知らず、笑い声を上げていた。
「まだ何かおかしいか?」
「いや」
首を振り、席に着けと言外に促す。
「飲もう、アーチボルト。今夜は、わたしも酔いたい気分だ」
 
 
木の器を杯に、森の木の実を肴に、人とエルフが卓を囲む。
「パラサが来た時は、飲ませないのか?」
「あいつに酒など出してみろ、何本あったって足りやしない」
「酒豪だったか?」
「よく飲むし、よく食べる。ドワーフ顔負けだよ」
くすくすと笑う彼は、いつもより表情豊かで柔らかい。程良い酒に、心を解されたのか。常に見る謀の時のそれでなく、艶やかな笑みに彩られた横顔は、とても美しい。
「今日は、よく飲むな」
「私が、飲んだら悪いか?」
悪くはない。無論、悪くはないが。アーチボルトは、曖昧に首を振っておく。
「…何杯でも飲め。ここは、お前の家だ」
「そうとも、わたしの家だ、…そうだとも」
やや怪しい呂律で呟いて、彼は、また瓶に手を伸ばそうとする。
 
 
器に注いだ酒をひといきに呷る。織り込まれた酒精が緩やかに喉を焼く感触は、常日頃こうした飲料を嗜む機会が少ないせいか、やけに感覚を鋭く刺す。過ぎた耽溺は己を苛むに等しいと知ってはいても、今更手を止める気はしない。
「スイフリー」
「…うん、」
解っている。判っている。体調が良いとはいえ、今夜は明らかに酒を摂りすぎている。このまま潰れるまで飲んでいたら、明日の朝はきっと宿酔いで起き上がることも儘ならないだろう。
旅の最中、しばしば共に酒を酌み交わしただけに、彼もそのことを暗に告げようとしているようだ。それは自分でも理解している。
何もかも、わかっている。
自分の意思とは無関係に。
解りたくもないことまで、どうして知らなくてはならないのだろう。
「何か、あったか」
「なにも。…強いて言えばいま、とても、楽しい」
傍らの彼と他愛ない世間話に興じ、同じ食卓に着き、ときに些細な口喧嘩などを交えながら、友人ともそれ以外の何かともつかぬ関係を続けてゆく。彼と築く縁だけではない。仲間と共に過ごす一日一月は、ひとり森に暮らす一時よりもまばゆく輝きながら、駆け足で二度とは触れ得ぬ場所へと去ってゆく。
「楽しいのは、こわい。…いつか失われるとわかっているのなら、尚更に」
返答はない。所詮は己一人の感傷に過ぎぬのだから、それで良いのだと思う。
「…わたしのことを笑ってくれ。明日が怖くて、今日ろくに言葉を紡げない愚かな男だと。そういう奴なんだ、わたしは。臆病者だ」
何を言っているのだろう。こんなことを告げたところで、事実が覆ることなどありはしないのに。
 
 
「…酔ってるな、お前」
アーチボルトは苦笑する。他人にこんな弱みを見せるなど、彼らしくもない。それがいくら、昔から彼の胸に巣くう不安だったとしてもだ。
灯火に浮かび上がる金髪を、子供にするように軽く叩けば、拗ねたように鼻を鳴らす友がいた。
「悪いか。たまには私に付き合え、アーチボルト」
私は、お前に振り回されてばかりだ。頬杖をつき、机の木目を眺めながら、彼は言う。
「おまえは、自分がどれだけ私を喜ばせるのか、知らんのだ」
「……」
今度は、アーチボルトが驚きに目を見張る番だった。今、かなり大胆な告白を聞いた気がする。いくら酔いにまかせて、とは言え。
 
 
「…どうしてお前みたいな奴に惚れてしまったんだろうな、わたしは」
乾いた唇を舌先で舐める。視線を落とした先で、まだらの木目が魚のようにゆらゆらと泳いでいる。まるで湖の底から、手の届かない地上を見上げているような気分だ。
「人間を好きになって良いことなどないんだ。同族を相手にするようには、いかない。…まして、それが、最も不毛な組み合わせなら尚更に」
杯を手に取る。既に中身はない、と知りつつも。灯に躍る影が揺らめいて、音もなく、器の中さざ波立つ。
「本当は、わたしだって、お前の傍に立っていたい。わたしが常若の種でなく、…あるいはお前と同じ性を持たなかったならば、それも…」
言いながら、それでも無理だろうと頭は考える。己が己で、彼が彼だからこそ、今の関係がこうして成り立っている。事実を知りながらなお可能性を望むのは、現実に即した思考でない。
「…私が好きなのは、今のお前だ」
温かい掌が髪に触れる。剣を握り慣れた武骨な指先で耳を撫でられれば、苦しいほど、身体が疼き始める。
「…アーチボルト、」
覚えるべきではなかった。彼の声を、手を、交わす熱を、身体で覚えてはならなかった。どれだけ涙しても還り来ることのない、いつか朽ちるこの感情の名を。
「アーチボルト。…アーチボルト、アーチボルト」
音の狂った楽器のように、唇が切々と名を紡ぐ。触れなば身を焼く、眩しい焔を恋うるこの姿は、夜を縫う羽虫に似ているのかもしれないと思う。
「…好きだよ、わたしも。…お前のことが…」
 
 
名を呼ばれるたびに思い知る、彼の想いと、悲壮なほどのその覚悟を。
「…スイフリー、」
すまない、口をついて出そうになる謝罪の言葉を、アーチボルトはいつも寸でのところで飲み込む。そんな言葉は、相手も自分も求めていないとわかっている。わかっているのに、背筋を這い上がる罪悪感から逃れられない。その覚悟に見合うだけの幸福を、彼に与えてやれているのか、わからない。
「…お前に会いたかったよ、ずっと」
頬に触れれば、冷たい肌がほんのりと色づいていくのがわかる。ああ、こうしてまた自分は、人の世の毒を彼に注ごうとしている。
いけない、やめなければ、と思うのに。どうしても、止められない。触れずにはいられない。
卓越しに顔を近づけ、覗き込んだ蒼の瞳の奥、隠しきれぬ欲を滲ませた己が見える。
 
 
目を閉じるのと唇が重なるのと、果たしてどちらが先だっただろう。
名残惜しげに幾度も肌を撫でながら、硬い掌が頬を離れる。息をつく間もなく口付けが落ち、温かい舌先に閉じた歯列をなぞられる。
ぞくぞくと背を這う震えに息継ぎひとつも許されはしない。促されるままに口腔へと舌を招き入れ、自らのそれを絡ませて、響く水音にただ溺れてゆく。
「…ん、――ぅ、ふ、」
交わす口付けに顔を上げ、より深く、より長く、触れ合う粘膜の熱さにすがる。
所在なく腕を預けた卓が、物言えぬ己に代えて声高に軋む。ふと、思い出したように指へ被さる、掌の温度が心地好い。息遣いのわずかな隙間、耳を欹てる互いの呼吸は大きく、いつまでも響いて止むことがない。
何もかもを忘れ身体を合わせる行為が、己をどれほど満たすのか彼は知っているのだろうか。差し出せる身ひとつだけで、どれだけ彼を悦ばせてやれるのだろうか。抱かれるたび胸の中に繰り返す問いに、未だ答えが返ることはない。
唇が、離れる。伝う銀色の糸を舐め取り、濡れた口元を指の腹で拭う。身体の奥で、埋火のような熱が蠢き出す。浅ましくも欲に侵されてゆくこの有り様を、彼は今、どんな思いで見つめているのか。
 
言葉もなく唇を合わせ、離した後には面映ゆい沈黙が落ちる。あとは流れゆくまま、諸とも落ちるだけだというのに、促す文句の一つも浮かんで来ない。
ただ、相手の頬を撫でる。そうされるのが好きなのだと、いつか寝物語に聞いたまま。己の熱が肌を伝わり、その心まで染み込むよう。
「……、」
ふと、白皙の顔を切なげな何かが過ぎる。開きかけた唇が、胸の底から吐き出しかけた言葉をひとひら、呑み込むように閉じる。
「どうした」
失われゆく言葉を、黙って見過ごすことはできない。眉目を曇らせ、曖昧に笑う彼は、うっかりと魔法の発動を失敗してしまった時のように、困った顔をする。
「…駄目だ。やはり、お前から言ってくれ」
私からは誘えない。最後の言葉はほんの僅かな呟きで、ともすれば、耳に響く己の鼓動に、かき消されてしまいそうだった。
 
再びの沈黙。春の闇をゆく夜風の音すら、絶えて耳に届くことはない。今しがた離した唇はやけに冷えて、その癖、触れられた頬にはいつまでも痺れるような熱が残る。さして広くもない卓を挟み、向かい合う彼の表情は、揺れる灯火に遮られて良く見えない。ひとことだけでいい。他の誰にでもなく、彼に抱いて欲しい。そう告げるだけで望みは叶えられると知りながら、どうしても、己からは踏み出せない。
「…スイフリー」
ふと、名を呼ばれる。俯いた顔を上げた先には、普段と変わらぬ、平静とした男の姿があった。いつか旅中にした密談のよう、向こう岸から指で招くその様に、導かれるまま彼我の距離を詰める。
小さな声で、彼が何事かを呟く。言葉の響きは確かめるようにも、試すようにも聞こえはすれど、何を意味するかは聞き取れない。耳を澄まし、いまひとたびの機会を待たんと、眼前の身体を見上げる。
「…あ、」
何を、と問いかける猶予もなかった。逞しい腕に手を取られ、厚い胸板にきつく抱きすくめられて、息継ぎさえも儘ならない。
身体中が石に変じたような錯覚、立ち尽くすばかりの耳元を、硬く、低い声音が揺らす。
「…上手くは、言えない。私にはお前のように、言葉を操ることは出来ないが」
お前が欲しい、と。
囁かれるそのひとことは饒舌とは程遠い。為に、返す答えなど、初めから決まりきっている。求められる時、己は常に、彼一人だけのためにあるのだから。
 
 
 
 
「…お前が、望むなら」
 
 
 
 
 
 
第三弾。仲が良いんだか悪いんだか。
 
ここからは裏逝きな感じなんですが・・・むしろこれからが長い・・・(笑)


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