1−4 「ああ、もう!信じられない!」
「ああ、もう!信じられない!」
レジィナは怒っていた。自室に帰ってくるなり、ばたん!と力任せに扉を閉める。物に当たるなんて駄目だと、頭では判っているのに止められない。それもこれも、皆あのエルフのせいだ。
レジィナには、スイフリーの考えていることがよく判らなかった。あのエルフの頭の良さは、今までそれに何度も救われてきたからこそ、よく判っている。その実力を疑ったことはなかった。少なくとも、今日までは。
だが、どうもその認識も改めねばならないらしい。レジィナは棚から鎧一式と背負い袋を取り出すと、とりあえず腕を組んで考えた。
「…自分で、考えなきゃ。今回は、スイフリーはあてにならない」
はっきり言って、頭を使うのは得意ではない。自分は職業の示す通り、身体を動かす方が得意な口だ。戦士のくせに頭でっかちなアーチボルトとは、そもそもタイプが違う。
だが、考えなければならない。得手不得手と言っている場合ではない。正しく考えて行動しなければ、傷つくのは罪もない一般の人々だ。
「アノスと、オランに、戦争が起こりそうで。
それは、どうしてかって言うと、プリシスの軍師が、変な噂を流したからで、
……ええと、でも、その噂は、実は本当で…
…だから、どうすれば、いいかって、いうと……」
「つまり、オランの信用を回復させりゃいいんや、ねーちゃん」
「あれ、パラサ?」
扉の影からひょこりと頭を覗かしたグラスランナーに、レジィナも顔を上げた。
「なんだ、聞いてたの?」
「にゅ。」
俺でよければ力になると、とパラサは笑顔で告げる。
「俺ら、はとこほど頭良くないからさ、一人で考えてもだめにゅ。一緒に考えよ」
「ありがと、パラサ!」
思わぬ援軍に顔を綻ばせるレジィナだったが、まだ表情は晴れない。
「…はぁ、でも、本当にどうすればいいんだろうなぁ。
さっき、スイフリーにはああ言ったけど……私達に、何ができるんだろう」
「…うーん。確かに、難しいにゅ」
腕を組んだまま、ぴょいと小柄な体がベッドに飛び乗る。
「多分、できるとしたら、すごく地道なことだと思う」
「地道なこと?」
「そ。だって、今、城にいるの俺らだけやん。アーチーやグイズノーやフィリスねえちゃんは、オラン行ってていないにゅう」
「…二人でできる、地道なこと…」
うーん。益々レジィナは首を傾げる。
「オランの信用を回復させるような…二人でできる、地道なこと?…うーん、道行く人を、一人一人説得するとか?」
「…それはオレも考えつかなかった超地道作業やね。でも、二人だけじゃちょっと効果薄いにゅう」
「パラぼん、何かいい案あるの?」
「こんなのは?」
言うなり、パラサは懐から一枚の紙を取りだした。紙面には、『凶悪犯』『指名手配!』といった物騒な言葉が躍っている。レジィナは眉を寄せた。
「なに、これ?」
「昨日、街で貰ってきたにゅ。アノスで今、通り魔が出てるの、ねぇちゃん知ってる?」
「通り魔?…ああ、待って、そういえば、クレアさんが言ってたような…」
レジィナは記憶を掘り起こす。2、3日前のことだ。たしか、夕食時。スイフリー、パラサ、レジィナの3人でもそもそと遅い夕食を取っていると、神殿に呼び出されたクレアが帰ってきた。その時、この通り魔事件について話していた気がする。
「たしか、夜、人気のない場所で、無差別に人が襲われてるんだよね?
…酷いよね、もう被害者も10人以上だって言うし…」
「その通り魔が、実はオランの陰謀だって言われてるの、ねぇちゃんは知ってる?」
「え、嘘っ」
「ほんとにゅ。一人だけ生き残った被害者が、相手がオラン訛りの東方語で話してたのを聞いてるにゅ」
「それ、まずいよね?そうでなくても、今オランの信用ガタ落ちなのに…」
「そう。本当にこれがオランの陰謀ならね」
にやり、とパラサは笑ってみせる。
「この話聞いた時ね、はとこが言ってたにゅ。『似てるな』って」
「似てる?」
「アノスの連続爆撃魔事件と…」
「…あ!」
レジィナは大きく目を見開く。本当だ。言われてみれば、たしかに似ている。
「あの事件は、魔術を使うテロリストに、政府高官が狙われるって事件だったっしょ?
今回は?」
「狙われてるのは一般人で、犯人は、魔術を使うって話はないけど、でも、オランの人間って言われてる…」
「そう。犯人が捕まらなきゃ、益々オランの信用は落ちるし、もし捕まっても、そいつが自分はオランの手の者だ、って証言すりゃ結果は同じにゅう」
「一番いいのは…」
レジィナの視線に応え、パラサは悪党の顔で笑った。
「俺達で捕まえて、真実を吐かせることにゅ」
その背後で糸を繰る、本当の主の正体を。
こうして事件捜査に乗り出すレジィナとパラぼんです。やっぱりレジィナはパーティの正統派主人公。
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